トーキングアバウト 青い鳥のタロット 『 XVI. The Tower 』

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XVI. The TOWER 塔

ウェイト・スミス版では、塔の先端に矢印型の稲妻が落ちて出火し、王冠がはじけ飛び、二人の人物が恐怖の表情で落下する姿が描かれている「XVI The TOWER 塔」のカード。「突然の変化」「外からの衝撃」「再編成」「解放」「脱皮」「落下」「幻想からの脱却」「閃き」「啓示」といった意味をもつとされます。
 

カードナンバーは16、1+6=7のバリエーション。「VII The CHARIOT 戦車」の7→16という流れです。「VII The CHARIOT 戦車」の外界に向けて進む奇数のエネルギーが、偶数になったこのカードでは自分の内側に向かうとも読むこともできそうです。

マルセイユ版では「神の家」という名前のカードでした。写真とは違って炎の出る建物から逃げ出す人物が描かれた絵柄もあります。怖いカードという印象を持つ人も多いようですが、基本的には変化のカード。変化を怖れるか、解放を望むかで、カードの印象も変わってくるわけですね。

青い鳥のタロットの「XVI The TOWER 塔」は、ウェイト・スミス版ともマルセイユ版とも違う雰囲気を持っているような気がします。そのあたりの成り立ち、まずは三上さんにカードの概要を説明していただいた上で、紐解いていくことにしましょう。

 

XV. The DEVIL

三上牧(以下、三上) ひとつ前の「XV The DEVIL 悪魔」のカードは、現状に甘んじる諦めのムードが漂っていると見ることができるんですが、「XVI The TOWER 塔」ではそこにビンタを食らって目を覚ますような感じですね。

壊すということでは「XIII DEATH 死神」とも似ているのですが、「XIII DEATH 死神」が自分のなかの破壊衝動で、殻を自分で壊すことを象徴するのに対して、「XVI The TOWER 塔」は外からの衝撃で殻が壊されます。

ベースにあるストーリーでは、思い上がった人間に天罰が下ることの示唆もあります。悪だくみをしたのではなく、人間として成長しようとしたのだけれども、成長する方向が間違ったまま固まってしまった。それを修正するために壊されるというシンプルな話なんですね。川口さんの絵を最初に見たとき、それをよく表していると思いました。ほとんど一発OKでしたよね?

 

XVI. The TOWER 完全版

川口忠彦(以下、川口) そうでした。この「XVI The TOWER 塔」はある意味で、このデッキを代表する象徴的なカードだと思っています。以前お話したとおり、企画自体が2011年の春と東日本大震災の直後に始まりました。最初の打ち合わせでの「人が明るい気持ちになるものがいいですね」という三上さんの言葉にとてもビビッと来ました。「ほんとうにそうだなあ」と深く賛同した瞬間を今でも覚えています。

同じ打ち合わせの中で伺った「悪いカード、よいカードというのはない。例えば塔なら、思いがけない災難がある、というような見方もあるけれど、枠にハマっていた人を外からの刺激で解放するというポジティブな意味もある」というのも、とても共感できるところがありました。

そうした経緯から「XVI The TOWER 塔」や「XIII DEATH 死神」を“おどろおどろしく”ではなく、“ポジティブなものを引き出して”表現したいと、強く思いました。

三上さんと私のシンクロ率が高まるポイントだったカードだと思います。

その方向付けのお陰で、「可愛さを前面に出していない絵柄でありながら、全体にポジティブである」というテイストが出来上がっていきましたが、それはこのデッキの大きな特徴になったかなと思います。

 

――ウェイト・スミス版と似たモチーフ構成だけれど印象はかなり違いますね。「青い鳥のタロット」の他のカードとも少し印象が異なる感じがします。

川口 自分では、当初からウェイト・スミス版のスケール感に進化させる余地があると思ったんです。象徴の説明図ではなく、より絵画的なものにできたらいいなと。

それから「IV The EMPEROR 皇帝」のところでも触れた、アングルの工夫ですね。

そうしたら、予想以上に時間がかかってしまいました。理由は明白で、このデッキで採用しているビアズリータイプの絵柄は真横や正面からの構図にはぴったりだけれども、「XVI The TOWER 塔」で描きたかった下から見上げるアングルや空間のパースペクティブを表現するのに向いていなかったからなんですよね。ほかのカードのタッチをキープしつつ、アングルを変えるのに苦労しました。

 

――少し脱線しますが、最初に描かれた数枚の頃に、このビアズリーっぽい平面画のタッチで22枚描いていこうと考えていらっしゃったんですか? それとも、もっと漠然としたイメージで?

川口 このトーキングアバウトでも何度かお話しした『姫君の青い鳩』の絵でタロットを描ききろうというのが大元のテーマでした。その『姫君の青い鳩』が、もともと19世紀末美術や挿絵黄金時代の平面的、装飾的な絵画、とりわけビアズリーあたりに軸足を置いて描いてみようという意図がはっきりあったものです。よくある「ミュシャ風○○」みたいなパロディテイストや模倣にならないように心がけはしましたが、「平面構成美でいく」というのは明確に決めていました。

 

――1枚ずつ取り組むなかで、絵柄的に、たとえばこの「XVI The TOWER 塔」のように難しいなとか感じられたことは結構ありましたか?

川口 思いのほか多かったです。実質最初に描いた女教皇では、平面構成美を最もよく追求し表現できたのですが、その後のカードではどうしても状況説明が必要になることが多くなって、結果的に空間感を出さざるを得ず、平面構成美だけで統一しきれなかった感はありますね。その始まりがこの「XVI The TOWER 塔」であり、「VII the CHARIOT 戦車」、「XI STRENGTH 力」、「XIV TEMPERANCE 節制」などでも空間とのせめぎ合いはありました。

 

――で、それをひとつずつクリアされたわけですね。

川口 基本的に陰影の「陰」を表現しないタッチで描いていますが、「XVI The TOWER 塔」ではそれを取り入れていることなどが試行錯誤の表れだと思います。ビアズリー的な表現からはかなり離れてきていますね。最後に描いた「The FOOL 愚者(リテイク)」に至っては平面構成美はかなり開き直って捨ててます。(笑)

 

――川口さんの当初の思いをそこまで捨てさせるところが、さすが「The FOOL 愚者」ですね(笑)。22枚を描き終えた今は、このタッチで始めたことについてどのように感じていらっしゃいますか?

川口 平面構成的絵画であっても、ビアズリーとはずいぶん違う。改めて見ると、ビアズリーってかなり病的な絵です。もちろん全然悪い意味ではなく、そこにはすばらしい美術的価値がある。それに対して青い鳥のタロットは、病的ではなく、優しくてキュートな雰囲気がけっこう出たなあと。それは、もちろん私の引き出しでもありますが、共作者が三上さんであったことが大きかったです。三上さんは決して絵の好みやアイデアを押し付けるようなことはしませんでしたが、やりとりの中で三上さんの人柄や感性に触れて、その中で感じたものが自然に絵に表れていったなあと思います。

 

――このデッキが入り口になってタロットの世界に初めて触れた方も多いと思うんですよ。それはやはり、この絵柄の魅力が大きいのではないでしょうか。三上さんと川口さんのコラボが見えるところでも見えないところでもいい形で結実しているとわかって興味深いです。

三上 ところで、この「XVI The TOWER 塔」は意外と人気なんですよね。

川口 好きと言われると苦労した甲斐があったなと思います。

三上 怖い感じがしないからいいですね、という感想をときどき聞くんですよ。私はこれを怖いカードだと思っていないので、どういうことなのか、よくわからないんですけど。

川口 タロットを少し囓ったくらいの知識では、おみくじでいえば「大凶」的なイメージがあるんですよね。

三上 かつてタロットは遊戯用のカードだったのですが、ゲームに使われていたときは「XII The HANGED MAN 吊られた男」「XIII DEATH 死神」「XVI The TOWER 塔」が大凶的な役だったようです。

川口 塔から人が落ちているのに、悲惨な感じがしないと言われます。でも、他のデッキでもそんなに悲惨な印象はないと思うのですが……。伺った解説を元にしていて、「塔から解放されてよかったね」という感じで描いているので、人がとても死ぬようには見えない、災難な感じがしないかもしれませんね。

三上 川口さんが描いたのは普通のそのへんにいそうな人だけど、従来版では王冠が飛んでしまっているところから、ヒエラルキーの頂点にいた、地位の高い人が転げ落ちているようにも読めます。昔なら、この絵を見て、権力者が失墜しているんだって直観的にわかったわけですが、現代ではその王様のいたシステムそのものが終わっているので、つかみにくいんですね。そういう意味で、塔から一般市民が落ちているこの絵は、現代的な絵になっていると私は思ったんです。そうすると、タロットの世界を、自分を投影できる愚者という個人が旅している「愚者の旅」という読み方に近くなる。

 

――たしかに個人という概念は近代以降のものですね。愚者の存在を個人ととらえるのは比較的新しい考え方といえるんでしょうか。

三上 昔ならば愚者は道化で、社会の輪に入っていない者という捉え方だったのでしょう。でも、今の人ならば「それは自由だよね」と感じることもある。社会の輪に入らなくてすんでいる自由人だと。同じように、「XVI The TOWER 塔」のカードも、地位を失ったというよりは鎖が切れた、束縛から自由になったと感じるのが現代版タワーなのかもしれないです。

どこか、背中を押されたような感じがあって。一瞬痛いし、なんてことするんだと思うけれど、やってみたらこっちのほうが気持ちが楽だった、と気づいて、次の穏やかな表情の「XVII The STAR 星」につながっていくんですね。

ところで川口さん、この人はフード付きパーカーのような服を着ているんですよね?

川口 そうですね。

三上 そんないまどきの服を着た人がタロットの中にいること自体がすごいなって私は思ったんです。18世紀にはこんな人いません(笑)。

川口 何でしょう、ゲームに代表されるようなライトファンタジー、不思議な世界ですね。

三上 フード付きパーカーを着た少年が落ちてくるこの絵が、現代にフィットしているなと思います。ゲームに耽っている子どもに対して親が、「ゲームばっかしてるんじゃねーっ!」ってゲーム機の電源を切っちゃったみたいな状態。で、「オ、オレの積み上げた戦国時代がパァに……」って――これはうちのオットの話ですけど。「信長の野望」で勝ったところでお母さんに電源切られて、6時間がパァになったという(笑)。

川口 それは……。でもゲームなんてどっちにしろパァですからね(笑)。

 

――ゲーム作ってた川口さんがそれ言う……深いですね(笑)。

川口 想い出は残るんで、よしとしましょう。

三上 身内のエピソードは横に置いたとしても、面白い絵です。改革を起こして脱皮して、より楽しく生きたいと叫んでいるような、愉快な破壊がここにあると思うんです。希望に溢れたストライクですよ。

 

――この絵では青い鳥はどこに?

川口 外の木にちょこんと止まって、塔が崩壊する様子を見ています。最初から塔の中にも入っていかないし、だから落雷で外に投げ出されることもない。「自分で固定観念を高く高く作り上げて苦悩して、それをよそから壊されることでようやく解放される」というのは実に人間らしい営みです。それは外から見てたら、少し滑稽でもある。そもそもそういう所に入らない、飄々としたところに、青い鳥的な幸せはあるんじゃないかなと。

 

――ああ。そんなふうに外から塔の崩壊を眺める視点があるだけでも、絵の意味合いがちょっと広がってきますね!

「XVI The TOWER 塔」制作をめぐる裏話、いかがでしたか?

次回は「XVII The STAR 星」。わたし個人的にはこのカードの女性が「III The EMPRESS 女帝」と並んでとても好きなのです。いったいどんなお話が飛び出すのでしょうか。どうぞお楽しみに。

 

 

***

注 ウェイト・スミス版:ライダー社の、通称ウェイト版のこと。パメラ・スミスが作画を担当したことも考慮に入れ、この対談ではこのように表記します。

 

[取材・構成 藤井まほ]

 

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