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47歳になりました。

ありがたきことに、健やかに47歳になりました。   17歳。高校二年からなんと30年。     思い返せば、 15歳で高校受験という大きな山を乗り越えて以来、 その先の目標を見失い、 やりたいことはあるようなないような…。 高校は男子校。 恋で気を紛らわすこともできず、 好みの合う仲間や気の合う友も見つからず、 そうなれば自分に自信も持てず。   そんな逡巡と閉塞感に満ちた思春の日々を通過したのちの、 17歳のある日。 ちょうど30年前、高校二年生の今頃。   それまで自分にさんざん歯止めをかけてきた多くの否定的な考え、 あらゆる消極的な気分、悲観的な予測を突き破って、   『うぉー、おれは絵を描くことを仕事にしたい!』 『人生をかけて取り組む仕事が欲しいんじゃああああ!』   という爆発的な衝動が、ついに魂の底から沸き上がってきたこと、 全身に力がみなぎったあの時のことをいまだに思い出します。   あれから30年。 ずっと歩き続け、いろんな景色を見てきました、危ない目にも会いました。 消えることない傷も負ったし、 手に入れられなかったもの、 失ったもの、 たくさん有ります。   しかし。 ただ一つ。   17歳のあの時の自分に恥じるような生き方だけはしていないと、胸を張れます。   17歳の自分に会うことができるなら、 「お前が今選んだその道の、まっすぐその先をおれは歩いてるぜ!」 と言えます。   30年経って今。 あの気持ちは、17歳のあの日から、何も変わっていません。 いや、変わっていないどころか、 憧れた光はさらに強く輝いて、 より純粋な想いで、絵や創作物が、そして何よりそれらを作りだすことがあのときよりも好きで仕方ありません。   それが、47歳を迎えた、いまの私です。     47歳、他の人なら、そろそろ子供が成人したり、ふかふかの椅子に座って現役の幕引きを思い描いたり、背負ってきた荷物を降ろすことを考える時期かもしれません。   でも、17歳のあの決意から、私は別の道を選びました。   この十年ほど、自分の創作の柱である「自分の絵」を見直すために、さまざまな角度から学び直しました。 いまさらこんなことを、というような地味なトレーニングもしました。   さあ、本番はこれからです。 やりたい事、学びたい事、描きたい絵が沢山あります。     17歳の自分に会えるなら、こんな風にも言ってやりたいです。 「死にゃあしねえよ。胸張ってそのまんま行きな」 と。     また作品でお会いできれば幸いです。 読んでくださりありがとうございました。   2018.6.20 川口忠彦 拝

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46歳になりました。

今年も誕生日に記事を書いています。 「◯◯歳になっちゃった」 と思うとそれほど楽しくないので、 「あんなに病弱だった自分が、46年も何とか生きてこれた。生き延びてこの世にノサバッてやったぞざまあみろ!ばんざい!」 と、これまでの無事を祝う日にします。 ◇ 昨年の誕生日には“秋”の個展に向けた所信表明をしていたのですが、 すみません。“延期”したきりそのまま今に至ります。 「次の個展はしっかりとレベルアップしたもの、今の自分が納得できるものを」と思っていたところ、なかなか自分の基準をクリアできず、さまざまなことを見直し、対処しておりました。 なにぶんひとりでやっており、ブランドというか、手がけるものに対する信頼感を負っていかなければなりませんから、中途半端なことはできないのです。 しかし、やる気がなくなったとか言うことでは全くなく、気力はより充填されております。 今これを読んでいるあなた!そう、あなたはまだ見捨ててはいないのだろうと信じて、歩んでおります。 日々、たゆまず進めていますので、どうぞ気長に、楽しみにしていただけたらと思います。 ◇ いまはただただいろんな方向から絵に向き合っているところです。 絵を描いているとあっという間に夜になります。 以前に比べて絵についていろんな要素を気にしながら描くようになったので、 意識集中脳みそフル回転で、ちょっと絵を進めていたらすごく時間が経っています。 「こりゃ、あっという間に死ぬな」 と恐ろしくも思います。 毎日がそうですから、人に会うこともほとんどありません。 ほとんどずっと一人で部屋の中で絵を描いているだけです。 けれど、退屈しているわけではなくむしろその逆なのですから、充実そのものの暮らしです。 内的な充実感と、時間感覚のなさ、恐ろしくも楽しい日々です。 ◇ そんな中で、ひとつ思い至ったこととして、会社員時代と大きく変わったことがあります。 それは 「発表のために作品を作る暮らしをしているのではない」 と考えるようになったことです。 自分の場合は、実感として 「2000日ぐらい頑張ると、何日かいいことがある」 ようです。 例えば個展や何かの発表といった「ハレの舞台」。 多くの人が、自分の作品のために訪れてくれて、次々に良いフィードバックをくれる。 ときに「やっと会えた」と感動してくれさえする。 本当にありがたく、素晴らしすぎる体験です。 しかしこの素晴らしさは、素晴らしいがゆえにちょっとした“罠”にもなる。 このすばらしい日、2000日の後の何日かが本来あるべき『主』で、 それまでの2000日をその日を向かえるための『従』としてしまうと苦行のように地味に感じてしまいます。 そうではなくて、この2000日の繰り返しこそわが仕事であり、暮らしの“本編”なのです。 何日か訪れるハレの日は、単なる特殊な瞬間、イベントです。 そう捉えることで、ようやっと地に足が付いた感覚になるのです。 自分にはそのつもりはなかったのですが、「成果こそすべて」と言ったビジネス的な成果主義的思考がこびりついていたのかもしれません。 “樹齢500年の大木は一日で育たない”という単純な事実を受け入れて、できるだけペースを乱さずに進んでいくように心がけています。 ◇ 一方で、 「人は外圧を受けそれに対抗するとき、最大のエネルギーを出す」 とも思っています。 「良い作品が揃ってから発表すれば良いのだ」という意識だけでは、いまひとつ力が出ない。 スピード感のある中でこそ生まれるアイデアやクオリティもあることを知っています。 どちちかに完全に振り切ることなく両輪で動かしていきたいと思います。 ◇ 「なにかをはじめたり、チャレンジするのに年齢は関係ない」 という言葉を信じることにしています。 (今からトライアスロンで世界一を狙ったりはしませんが) 46歳になった今、 絵について、創作について、表現について、 分からないこと、知らないこと、できないこと、 たくさんあります。 とりくむべきことがこんなにあるんだと、 そのことに凄くワクワクします。 日々、そのひとつひとつを試し、これまでわからなかったことが理解できたり、できなかったことが出来るようになっていることに、至福の喜びを感じます。 そんな心境で40代後半を迎えました。 ◇ さいごにもう一つ。 “言葉は常に、思考や想念から遥かに遅れてくる” ものだとわかりました。 言葉になった頃には、思考や想念はもはやその場所ではなく、かなり遠いところまで行っているかもしれない。 つまり、今日ここにこうして書いたことも、大してあてにならない。 ひょっとしたら現に今、潜在意識レベルではほとんど違う考えになっているかもしれない。 なので今後、私がまったく違うことをしていたとしても、どうぞ 「お前あの時ああ言ってたじゃないか!」 と責めないで下さい。笑 ◇ 追伸 あ、そうそう。 去年の誕生日の少し後、 金魚を飼い始めて、もうじき一年になるよ。   死なせちゃったりもしたけれど、最近はようやくコツを掴んできて、共に元気にやってます。 かわいいよ。愛らしさの固まり。     読んでいただきありがとうございました。   2017.6.20 川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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“鳥王フェニクス”

寒中見舞い申し上げます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 今回は、年始のご挨拶としてお送りしたハガキの絵を軸に、少しお話をしたいと思います。 これまでは、あえてアナログに、ハガキを手にした人だけのお楽しみということにこだわっていたのですが、今回はより多くの方に楽しんで頂けたらと、画像にて紹介したいと思います。   “鳥王フェニクス”と題した、ドローイング作品です。   “鳥王フェニクス” 冥府の闇空 宵の国 鳥王フェニクス 幾千の光雛 我らは源 我らは闇 尽きることなく 湧くいずみ 降り注げ わが子らよ 燃え盛れ 光よ 彼の地 彼の果て 彼の夢に 制作 2016.12 川口 忠彦 モンバルキャンソン紙・鉛筆・ClipStudio・Photoshop   表現したいことは全て絵と詩に込めてあるのですが、 今日は蛇足ながら、画作りや背景になる文脈のことについて、少し解説をしたいと思います。 以下は単なる私の方の考えであり、少しでも楽しみや味わいが増えれば、という意図のものです。 絵を見て下さった方が感じたことを、否定したり、修正を迫るようなものではまったくない、ということをあらかじめ申し添えておきます。   《画作り》 酉年ということで、“鳥”縛りで、フェニックスを題材に。 『闇を描くことで光を描く』という、絵画の王道スキームで組み立てました。 フェニックスは復活、不滅性、再生、存続を象徴します。 小鳥たちが育つための巣になろう木枝の冠、 我が子らを見る鳥王の慈愛の表情と、決して全体を明るくしないながら、階調のコントロールをデリケートに施し、強く温かい光を感じられるイメージにこだわりました。 鳥たちや各ポイントの構図上配置での視線の躍動感。 質感は、アナログとデジタルを行き来し、スモーキーな雰囲気が出るようにしました。 できるだけイマジネーションの濃い絵に仕上げたく、 そのようなことをいろいろ施しましたが実現できていますでしょうかね。   《制作背景》 2016年、世の中は悲しみや混乱、不安の拡大した年でありました。 日本が将来に抱える悩みも、相当に重い。 そんな中、失われた命や希望を補填し再燃させたい、 私たちはただ閉塞に向かう世界を生きているというのではなく、 尽きることのない力が何処かにあると心の隅に信じていたい。 そういうものがあるんだというヴィジョンを、ひとつの意思として、形にしておきたい。 振り返るとそんな思いがあったように思います。 見てくれた一人ひとりの方が、具体的にどんな状況にあるのか、私に知る由はありません。状況も、年齢も、全然違うことでしょう。 しかし、同じこの時に2017年を迎えるにあたって、 感じていることや負った傷、喪った悲しみや、 誰かや何かを大切にしたい気持ちなど、 通じ合うものも少なくないと思います。 共に迎える新年と、見てくれた一人ひとりを祝福したい。 ささやかな絵でありますが、 一つには、そういう想いを持ち。 そしてもちろんもう一つには、 ただただ「美しい絵を描きたい」という一心で、 持てる力を総動員して、仕上げた次第です。 改めましてみなさまの2017年を祝福いたします。 どうか良い年でありますように。 川口 忠彦 拝

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45歳になりました。

  皆様こんにちは。 本日めでたく45歳になりました。   ここ数年、毎年誕生日記事を書いています。 ちょうど上半期が終わる頃、思いを馳せるのによいタイミングです。 41歳の時の記事でこう書いています。 “今振り返って思えば、自分にとっての30代は、ほとんど丸々、暗いトンネルの中にいたようなものだった。 自分の思っている自分と、自分が実際に置かれている状況と、自分でも気づいていなかった自分の心の声…それらの不協和に苦しんだ。 一言で括ってしまうなら、暗澹とした10年だったといってもいい。 その長く、暗いトンネルから、音を立てるように抜けだせたのが40歳の一年だったように思う。” 40歳になった年に、初めての個展をしました。 作家としてはあまりにも遅いスタートです。 しかしこの5年、その30代の不遇(と敢えて言ってしまおう)を取り戻してなお余るほどの、過去や今の作品への反響をたくさん頂きました。   いまは、秋に控える、新作展に向けて、日々、心・技・体を整えているところです。 作家としての第2ステージ。次の一手です。 ゲームの絵やバンド関係のアートワークの蔵出しではなく、青い鳥タロットの小アルカナ展というわけでもなく、新しい世界。 けれどそれは、セブンも、ヴィーナス&ブレイブスも、姫君の青い鳩も、青い鳥のタロットも、全てその根を共有する、根源的世界です。   さまざまなテイストで創作をし、時に人を惑わせてしまう私ですが、 大きく一貫していることがあります。 それは “ファンタジーを描く” ということ。   心理学的に、ファンタジー≒お伽話とは、心理的に未成熟である子供が成長していく中で、現実の世界を少しずつ受け入れていくために、現実の中に夢を散りばめ、夢のなかに現実をなぞらえ、受け止めやすくしていくオブラートのような機能があるのだそうです。   かつてゲームの中で形にしたのは、“青少年向け”のファンタジーでした。 青年期の自分が、救われ、胸焦がし、生きる糧になっていたもの。 そこには、「世界は生きるに値する」という、強烈な世界の肯定がありました。 それらのファンタジーを咀嚼しながら、大人の世界、社会の一員として世界を受け入れていくための心理的な準備をしていたように思います。   そしていま、絵画の中で形にしたいものは、“大人向け”のファンタジーです。 私も含め、今を生き、そして半世紀を待たずに死んでいくであろう多くの命にとって、 それら全てを美しく、愛おしく思えるような“世界の観かた”。 安らかな暗闇を、そこから望む遥かな光を、滅びを前提に燃え盛る希望を、表しておきたい。 「それでもなお、世界は美しい」と。「生きるに値する」と。 そう自然に湧き上がる、私たちの原風景、ファンタジーの世界を、形にして残しておきたいのです。   “薄明のステュクス”であり、“巡礼―亡き王都へ―”、“再生の島”といった、近年私が断片的に描き出そうとしてきた世界です。   45歳、遅ればせながらの作家活動第2ステージ。 初陣は11月の個展です。 万全の準備で望む所存です。 …誕生日の記事のはずが、個展のことだけ書いておりますが(笑)、 偽らざる私の今の近況報告です。 可能な限りあらゆる「所属」から離れて、日々創作に没頭して生きております。 そんな私です。 よろしくお願いいたします。 川口 忠彦 拝

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44歳になりました。

  何故か毎年恒例になっている誕生日記事です。(笑) 今年も書きます。         思えばいつもいつも、目の前にあるのはスタートラインばかりです。   小さなゴールは何度かしてきたけれど、 気づけばやっぱり目の前にはスタートラインがあって、 やはりあらたに走り出すのです。   いろんな生き方がある中で、 自分はそういうあり方を望んだのだなと、振り返ってそう思います。   ゴールとスタートの間にいる。 タロットカードの【愚者】のようです。   人生の終わりもぼちぼち視界に入るようになってきたというのに、 44歳なりの落ち着きや貫禄とは程遠く、われながらまったく困ったものだと、ときどき思います。   ですが、いまさら変える気もさらさらなく。 死ぬまでずっと、挑戦者として在り続けようと、ただ思いを新たにするのです。     “つくる” ことを選んだ自分なりの、 これを矜持というのでしょうか。   あたらしいスタートを何度も切って、 思っても見なかった光景を、目の当たりにしていきたいと思うのです。   ◇   読んでいただきありがとうございます。 歳をとってますますつきあいづらい人間だと思いますが、 今後ともよろしくお願いいたします。   川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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寒中お見舞い申し上げます

みなさま。 寒中お見舞い申し上げます。へそもげです。 いよいよ冬本番というところですがいかがお過ごしでしょうか。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。   昨年は正式に独立開業をし、青い鳥のタロットの再版、Tシャツブランド立ち上げ、一ヶ月に及ぶ個展、「ヴィーナス&ブレイブス」の楽曲を含めた演奏会、青い鳥タロットのanan掲載と、おかげさまでなかなかの充実ぶりでした。 つらい別れも体験しましたが、それ以上に印象的な出会いや再会、そして絆を深めるような出来事が非常に多くありました。 これまで知り合いだった方と距離が近くなったり、音信不通だった方から連絡いただいたり。 自分の中でわだかまっていたことが氷解したり。 こころとこころが触れ合うような体験がありました。多くの方の暖かさに触れ、それらがずっと存在していたことに気づかされる一年でした。 受け取ったたくさんのものを、自分の中でしっかりかみ締めて、改めて絵に昇華させたいと思います。この道を選んだからには、それこそが求められる生き方でしょうから。 ◇ とりわけ夏の個展を終えてからは、大切な友に会ったり、日没の空や星を見ながら、ゆっくりゆっくり自分の心に耳を傾けてきました。 観た風景と表情。 聴いた言葉と音楽。 感じた光の色、想い。 それらのものがゆっくりと心に染み渡るのがわかって、耳を澄ましていました。 そうしたら次に目指すところがはっきり見えてきました。 自分が次に描きたい世界。 『ヴィーナス&ブレイブス』や『姫君の青い鳩』『極北の冥府』『青い鳥のタロット』といった自分の中心軸のその先です。 時期的に間に合いそうだったので、ドローイングで作品のイメージを仕上げ、年賀状にしました。 すごく久しぶりに心情にがっちりシンクロした絵が描けた気がします。 ◇ “薄明のステュクス” 『ステュクス』とは、此岸(この世)と彼岸(あの世)を分ける川。 頭上に光るのは『デネブ』という、はくちょう座の恒星。 私たちが生きていると逃れようもなく負ってしまう罪や傷。 しかしその全てが、やがて赦し癒されるものであれという願いを、 ひとつの光景に託しました。 (若干の予備があります。ご希望の方はご連絡くださいませ。) ◇ 新年明けて早々、病床の方からご連絡いただきました。 『―生きている側とそうでない側をいつもフラフラして私にとって、薄明のステュクスという作品は、とても心安まる、大切な絵になりました』 とてもありがたきお言葉です。 僕自身、 幼少から病弱で今も命の不安を日々抱えながら生きている身です。 「そんな自分だからこそ描ける光景を」と常に思ってきました。 なので、それが安らぎになったなら報われます。 先日の記事にも 「僕の作品は暗いから、いまがハッピーな人をさらに盛り上げるような彩りはない。その代わり、心に傷があったり、闇の中にある人に、ほんの少しだけ寄り添い、照らすことはできるかもしれない」と書きました。 僕は、闇に在る人に寄り添いたい。 闇を抱える人がいつも暗く俯いているとは限らない。 意外と陽気に元気に暮らしていたりする。 暗く愚痴を吐く人の闇が意外と浅かったりもする。 僕自身、闇から抜け出すことは、きっともはや不可能なので、せめて寄り添って、共に光を求める側にいたい。 そしていつか闇を克服して光を得るのだと、生きている間ずっと願い続けます。 ◇ 今年は、この作品を出発点に、新シリーズの作品を制作していきます。 11月~12月ごろには作品をまとめて個展をやりたいと思っております。 できるなら、会場でお会いいたしましょう。 それでは、本年も何卒よろしくお願いいたします。 今が闇の中にある方には、どうか光が照らしますよう、 今が光に包まれる方にはますますのご活躍を、心よりお祈り申し上げます。 2015年1月8日 川口忠彦 HESOMOGE 拝

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十年越しのラブレター

こんにちは。 今日はクリスマスイブですね。 今年はたくさんの出会いや再会があり、特に12月には個人的にとても想い出深いことがあったので、記事を書きます。 感傷的な思い出話ですけど、クリスマスということで大目に見てやってください。 ◇   10年少し前、僕が30歳を少し過ぎた頃、ラブレターを書いた。 お相手は、当時中学生か高校生ぐらい。   寝る時間を惜しんで、推敲を重ね、想いを綴った。   渡した瞬間には、たしかに喜んでくれたように見えた。 けれど、あまり好みでなかったのか、何とも思われなかったのか、自分のあて先を書くのを忘れたのか、定かではないが、返事はもらえなかった。   ずいぶん長い間待っていた。 やっぱり返事は届かなかった。   本当は、返事とか、そういうなにかを期待するようなものではなかったのかもしれない。 けれど、何らかの心の触れ合いを期待していた僕の気持ちは翳り、次第に暗い闇に包まれていった。 こんな思いをするぐらいなら、あんなことしなければよかったと、悔やみさえもした。   何年も過ぎていった。 もう忘れて、すっかりつらくなってしまった思い出と決別して、新しい人生を送ることにした。   そうして、10年も経とうというころ、返事が届いた。     『あの頃から好きでした。いまも好きです。ずっと好きです』     そう書いてあった。     あまりにも遅れてきた返事に、戸惑い、不貞腐れ、歓喜した。 そして、僕はこの奇跡を、生涯大切にしようと誓った。   ◇   2003年、ヴィーナス&ブレイブスというゲーム作品を監督して、世に出した。 ターゲットは中~高生で、当時そのぐらいの年代だった彼ら彼女らは、いま20代後半から30代前半ぐらい。 そういう人たちがもうすっかり大人になって、いまは個展なんかに来てくれて、会うことができる。 日本全国遠くからも、駆けつけてくれる。これまでの空白を埋めるかのようにいろんな話をする。   「ファンを大切にしていますね」   と、言っていただけることが多い。   でも、誰だって、自分みたいにどうしようもない恩知らずでさえ、こんな出会い方をしたら自然と大切にするでしょう、と思う。 十年のお預けを食らって、ようやく返事をもらって、やっと再会できた相手を大切にしないわけがない。 自分の人生に起こった、ちょっとした奇跡です。   こんな風に、作品を好きだといってくださる方と出会い、言葉を交わせること自体、全然当たり前のことではなく、とんでもなく貴重な機会だと知ってしまった。 だから、ゲームのファンの方だけでなく、青い鳥のタロットの愛好家の方も、他のアートワークを好きでいてくださる方も、会えること自体がやっぱり奇跡的なことで、「好きでいてくれてありがとう」と伝えたい。   ◇   作品は、ラブレター。 発表は一対多数の形でするけれども、 私からあなたへ、一対一のごく個人的な手紙として、心と心を通わせようとして綴っている。   僕の作品は暗いから、いまがハッピーな人をさらに盛り上げるような彩りはない。 その代わり、心に傷があったり、闇の中にある人に、ほんの少しだけ寄り添い、照らすことはできるかもしれない。   「心をこめたラブレターは、きっといつか心に伝わって、何年経ったとしてもやがてめぐり合える」 たくさんの人から受け取った暖かさのおかげで、いまはそう信じることができる。   ほんとうにありがとう。   僕はこれからも作品というラブレターを書き続け、あなたに届けます。 川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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2014年のご挨拶

みなさま。 新年明けましておめでとうございます。 へそもげです。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 昨年の私は、個展など大きな作品発表の機会がなく、多くの方と直接お会いできる機会がほとんどないまま一年が過ぎていきました。 個人的にはいろいろと環境が変わり、それなりに忙しく動き回っておりました。 そんな中でも、青い鳥タロットが店頭やAmazonで販売いただき、発売一年を待たずに完売したり、春・夏におこなったライブペイントにお越しいただいたりと、多くの方との繋がりに励まされ、どうにか歩んでこられました。 お会いできた方々にも、遠方からお声がけ下さった皆様にも、心より感謝申し上げます。 本当にありがとうございます。 photo by Azumix   さて、2014年は早速今週末11(土)のライブペイントからはじまります。 1月11日(土)  / Open 18:30 Start 19:00 横浜天王町オレンジカウンティーブラザーズ    TERROR SQUAD / A(あ)  HESOMOGE >>>詳細はこちら! ライブペイントはまだまだ修行中の身で、毎度模索中なのですが、それゆえのおもしろさがあるかもしれません。 お時間合えば御高覧くださいませ。   ◇   昨年は、これまでになく多くの展覧会を見た年でした。 年初に「今年は100個見るぞ!」というややバカっぽい数値目標を掲げ、結果、大きな美術館から画廊の個展まで、延べ123の展示を巡りました。 実は私、あまり人様の絵を観るのは得意でなかったのです。 しかしよくよく自分の仕事を振り返ったときに、かつてそれなりにきちんとゲームを作ることができたのは、数多くのゲームをプレイしていたからだということに気づきました。 どんなに独自の道を一人で切り拓きながら進んでいるつもりでも、われわれは実は逃がれようもなく絵や芸術の歴史という巨大な水脈の中で制作をしているということに、改めて気づいたのです。 ゲームという、歴史の短いメディアですらそうなのですから、“いわんやアートや絵画をや”です。 「引き出しを増やす」という言い方はあまりに因果が直接的過ぎて違和感があるのですけど、 やはりいろいろな先人の取り組みを知り、そのまま借用するのではなく、解釈し溶かし込んで、創作の原材料にするということ。その原材料の多さが、創作に直結してくるものだよなあと。 数を見ることで、まずはそのちっぽけな自分の“想像を超える多様さ”に触れることが出来る。 そしてもうひとつは、その中に共通している“品質のライン”であったり、“人の心を動かす何か”という共通性を見出してくる。 とりわけ、この二つめ。 いくつもいくつも美術館や個展を巡るうちに、アートをアートたらしめている高品質や高級感の心地よさに気づき始めました。 そして、昨秋に訪れた直島で「これはアートの重要な構成要素のひとつだ」という確信にいたりました。 (このあたり、せっかくの「大アート行脚」でしたので、具体的な展示の話題など改めて記事にしたいと思います)  考えてみれば、美術館は、厳選された作品はもとより、その空間全体や周りの静寂も込みで、とても高級で贅沢な快適空間です。 しかもそれが実はとても安価に味わえる。 僕は自分でアルバムを作ってしまうくらいに、音楽が好きです。 音楽は、音楽でしか触れられない心の傷に直接触れてくる。 それと全く同じように、 アートにもやはり、アートでしか触れられない感覚があると今は強く思います。 アートという媒体そのものの豊かさ楽しさ味わい深さを感じられるような作品や展示をしていきたいと、思うようになりました。 自分というひとしずくのことだけではなくて、自分が流れているこの雄大に輝く河そのものの美しさをお見せできるような姿が理想だなと。 昨年はそのように、環境や心境に大きな変化がいくつもありました。 これらがまたいろいろな道を経て、作品や活動に現れてくるのだろうと思います。 それら変化のもう一方で、 創作・表現活動のために命を燃やすのだという自分の核心はまったくぶれておりません。 むしろ、より根源的で本質的な作品作りにますます邁進するために、もろもろの身辺を整えております。 様々な後ろ楯をも取り払い、もはや剥き身で進んでおります。 なにとぞお力添えをいただけましたら幸いです。   末筆になりましたが、2014年という年が、みなさまにとって実り多き年でありますようお祈りさせていただきます。 その一隅を支えられるべく、私はささやかながらに勇んでまいります。   改めましてどうぞよろしくお願いいたします。   2014年1月6日 川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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42歳になりました

こんにちは。 本日またひとつ歳をとり、42歳になりました。 震災からここまで無我夢中に発表をしてきて、 いろいろと環境や心境が変わったりしているのですが、 とにもかくにも、アートや表現の活動に集中していきたいという心境です。 世の中には、価値があるもの、『価値があるとされているもの』はたくさんあるけれど、 自分が直接貢献できることってそうそう多くはない。 40歳を不惑というけれど、 自分にとって大切な領域がどの辺なのか、だいぶ絞られてきたように思います。 あれもこれもと目移りする時間も気持ちもほとんど残っていない。 自分にとっては、 『アート』 と 『人が生きていくこと』 このあたりの領域に、残された時間やエネルギーのできるだけ多くを注ぎ込んでいきたいのです。   そして、そのためにも、「自分の内面を高めたい」と、最近強く思います。 心の中の闇、否定的意識や悪感情をもっと手なずけること。 『受けるより与える』という境地。 相応の教養 こういったものを身に備えたいと。 なんだか突然最近そんな風に思うようになったのです。   年齢などただの数字でしかないということを思い続けてきたし、 いまでも、年齢を諦めの口実に使うのは好きではない。 けれど一方で、『若いから許される未熟さ』というものもあるよなあと。 現世を生き抜くために闘っていくことと、 こういったことを両立するのは、かなり難しい。 おとぎ話のキャラクターならともかく、生身の人間には、とてつもなく難しい。   けれども42歳。 そろそろそういうところを目指してもいい頃かなと。 近頃はそんな風に思います。 そしてまた、そういったことが、作品や表現の源泉になっていくのだろうとも思うのです。   いよいよこれから! という気概で臨んでまいります。 何卒今後ともよろしくお願いいたします。   2013.6.20 川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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ライブペイントしました

こんにちは。へそもげです。 4/27に、横浜天王町のライブハウス オレンジカウンティにて、ライブペイントをしてきました。 名古屋のETERNAL ELYSIUM、横浜のやさぐれ、わがTERROR SQUADの異ジャンル3バンドのライブイベント、「憎まれっ子世に憚る」です。 ETERNAL ELYSIUMは、独自の世界観と圧倒的なハイクオリティで迫る、サイケデリック・ドゥームロック。 やさぐれは、勢いと華やかさのあるちょっぴりサイケなファンキーロック。 テラースクワッドは、スラッシュメタルとハードコアなロック。 その3バンドのイベントということで、 フライヤーは、こういうものを作りました。     テラースクワッドmeetsサイケデリックというテイストです。 いろんなイベントがあるけれど、 企画のコンセプトがしっかり立ったイベントは、アートワークを描きやすいのですね。 そんなイベントのライブペイント。 今回、イベント前に記していたメモを引用します。 イベント全体の方向性と、時間的な展開を考えて、演出する ということができたらうれしい。 空間を大きく支配するものだから、 関係ないものを描いてしまいたくはない。 モチーフもそうだけど特に空気感やエモーションというところで。 ライブとは、描き手の生を示すと同時に、 作品そのものが生きているということ。 絵と対話し、変化させていくという行為そのものの面白さ いままさに眼前で絵がその様相を変えていくという面白さ   ライブペイントは、最後に残った絵が<完成作品>というわけではありません。   三時間ちょっとのあの時間そのものがライブでありましたから、 この記事でお伝えするのは難しく、 その場に居合わせた方にしか、実際どうだったのかはわからないものではあります。         僕としては、終演後に、ETERNAL ELYSIUMの岡崎さん、タナ、そしてやさぐれの面々にかけていただいたありがたいお言葉を胸に、これからも勇んで進んでいきます。   ライブペイントは、目下武者修行中。 とにかく場数を重ねて、面白く上質なパフォーマンスができるよう、精進してまいります。 お目にかかる機会があれば、何卒よろしくお願いいたします。 今回見に来ていただいたみなさま。 本当にありがとうございました。 川口 忠彦 HESOMOGE 拝

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