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ロゴデザイン 『アライアンス・アライブ』

こんにちは。へそもげです。 ロゴデザインのお仕事ををしました。 2015年に発売された「レジェンドオブレガシー」の後継作になるRPG「アライアンス・アライブ」。 PD兼Dの松浦 正尭氏からの再びのお声がけにより、実現いたしました。   氏は私の監督作「ヴィーナス&ブレイブス」のファンだそうで、 作品と共にロゴも大変気に入って下さり、前作レジェンドオブレガシーで初めてお声がけいただきました。 ヴィーナス&ブレイブスのロゴは、開発の真っ只中に私が自ら作ったものです。音声収録のスケジュールとかぶっていて誠に大変だった記憶があります。 RPGの監督をしながら、ロゴデザインをするような酔狂はなかなか無いと思うのですが、そのおかげでこうしてご縁ができていることを思うと、やりたい事はやっておくものです。 ◇ RPGにおけるロゴデザインは、ことのほか重要であると私は考えます。 前回、レジェンドオブレガシーの記事では以下のように書いています。 ゲームというコンテンツは、膨大な要素を持つ複合作品です。 特にRPGは、絵や音楽、物語という情緒的なものも多分に含みます。 そういう膨大な物が積みあがったピラミッドの一番頂点のピンポイント部分がタイトルロゴ。 だから、できるだけその全体像をうまく抽出して、代弁できるものでないといけません。 世界観や絵柄、シナリオ、それらを物語として体験するためのゲームプレイ。 そういったものを象徴して、矛盾のないものであることが理想です。 レジェンドオブレガシーではこのようなロゴを制作しました。   “剣と魔法の正統派ファンタジー”“楽曲の透明感”“スピード感のある、風や勢いを感じる、颯爽としたイメージ”などを視覚化しています。 ◇ さて、そして本作『アライアンス・アライブ』。 今回は前作同様、企画書、制作中のプロトタイプを見せていただきながら、 世界観や全体のテーマなど細かく伺いました。 もろもろの設定などからイメージを思い浮かべながらお話していたのですが、 口を開けばとかく暗い未来予測が出てきがちな今だけれども、 そんな現状の中、 「新しいRPGを生み出して、楽しく遊んでもらうんだ!」 という姿勢の中に、とてもとても力強い意志を感じました。 チームワークを離れて個人制作している私は、そういったエネルギーを自家発電的に日々蓄えておく必要があるのですが、久しぶりに “共に働くメンバー” の力強いエネルギーに触れ、とても嬉しく思った記憶があります。 『レガシーの流れを汲んではいるけれど新作』という立ち位置から、自分の代表作である「セブン」から「ヴィーナス&ブレイブス」に至ったときの決意を思い出してもいました。 “暗闇を切り裂こうとする光、鋭いほどの眩しさ” そんなエネルギーです。 今回はゲームの中のイメージはもとより、それ以上に、松浦さん率いるこのプロジェクトのそんな開発姿勢そのものをロゴに表現したい、すべきなのではないかと考えました。 こちらが今回制作した『アライアンス・アライブ』のロゴ。 “ファンタジックな雰囲気”といった『安心感のあるゲーム的なおなじみの文法』以外の要素を意図的に持ち込んでいます。 グラフィティアートのような躍動的な力強さ、シンメトリを強調した風格感。 イラスト部は作中の「太陽の紋章」のデザインを元に、 『後世の魔術師や研究者が、書物の中で使用した挿絵』 のイメージで描き直し、敢えて元のデザインよりも禍々しい強さを出しています。 ◇ また今回は、レガシー以上に松浦監督と浅野アートディレクタの導きによって作られた面が実は強いです。 制作中では、各段階で複数案を用意しつつご要望を頂戴するのですが、 「この位が落とし所だろう」と想定したものではなく、お二人は常に「一番派手な案」を選びました。 その経緯があり、私が音楽関係のアートワークで培ってきたコワモテなエッセンスをふんだんに入れています。 そのように、いかにもなファンタジー的、ゲーム的なものとは違う、異質感のある強さを持つものであるため、 作業中は、たびたびキャラや背景に乗せ、マッチングを確認しながら制作していきました。 キーカラーである紫を配していることで概ねどんな要素にもある程度マッチするわけですが、 平尾リョウさんの描く愛らしいキャラクタとはある意味では正反対といえるほどベクトルが違うのに、妙な親和性があって気に入っております。 このあたりもまた、松浦・浅野両氏が全体を掌握した上での導きがあり、成立したのだと思います。 ◇ 私がゲーム関係のロゴを作る時、いつもあらかじめ自分の心に満たしておくものがあります。 それは、自分の中高生時代、ただゲームが大好きだった一プレイヤーだった頃のワクワク感。 ゲームのタイトル画面やパッケージから放たれる、溢れ落ちるほどに豊かなイメージ。 他では得られないファンタジーやSFの異世界体験。 グラフィックもサウンドも今からすれば全くチープなのに、それを感じさせない統一感から得られる完成度。 それらが、ロゴからすでに匂い立っていた、そんな往年の名作たち。 「あの頃に戻りたい」のではなくて、 あの頃自分が感じた純粋なワクワク感が、いまのプレイヤーに伝わるようにしたい。 そんな想いです。 ◇ そういうものをさまざまに含めて、導かれながら作業しました。 ロゴ単体での参加でしたが、この作品に関われたことを光栄に、嬉しく思っております。 ゲームをプレイされた方々にとって、さまざまな素晴らしい体験とともに片隅の記憶に残るロゴであったら何よりです。 末筆ながら、かくも意欲的な、攻める気満々の部隊に必要なメンバーの一人として選ばれたことが本当に嬉しく、光栄です。 RPG「アライアンス・アライブ」(任天堂3DSソフト) 来る22(木)発売です! http://alliance-alive.jp/ 川口忠彦 HESOMOGE 拝

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ロゴデザイン ”MUSIC ENGINE”

こんにちは。 このたび、新しい音楽団体“MUSIC ENGINE(ミュージック・エンジン)”様のご依頼によりブランドロゴを制作いたしました。   “MUSIC ENGINE”は、新旧のゲームミュージックを、大小さまざまなクラシック様式での演奏を企画・実行していく新しい音楽団体。 VENUS & ECHOESでお世話になっている河合晃太さんが発起人・主宰をなさっています。 河合さんはもともとVENUS & BRAVESをこよなく愛してくださり、 13年越しに実現したVENUS & BRAVESの単独演奏会であった “VENUS & ECHOES” のご縁からのオファーです。 しかしながら、今回の“MUSIC ENGINE”は、さまざまな作品を演奏していくとのことで、VENUS & BRAVES的なテイストからは少し離れて、新しいラインを模索していきました。 (とはいえ、私の場合はロゴデザイナーではなく、絵描きとしての取り組みになるので、大きな部分のテイストは変わらないのですが。) 団体の活動のイメージ、候補に挙がっているタイトルやスケール感などをヒアリングして、コーディネート致しました。 "(1)文字部は「ファンタジーRPG等を主軸に、ゲーム音楽をクラシック管弦楽で演奏する」という団体の構想から、クラシカルでゴシック的な字体を、優雅なカリグラフィ調でファンタジックに仕上げる。 また、MUSIC ENGINEという単語と構想作品のイメージから、直線要素を強調し、男性性・少年性を表現。 (2)イラスト部は「MUSIC ENGINE」という概念の視覚化を試みる。 「音楽を原動力とするエンジン」そして「音楽を作るエンジン」を、 弦楽器やホルン、パイプオルガンなどのエッセンスを用い、エンジンのパーツに組み合わせて表現。 ファンタジックでクラシカルな装飾や味付けを加えつつ、少年的ロマンを感じられるようメカニカルに構成。" ――制作ノートより ◇ 今回は、製品名や企画名ではなく、団体としてのロゴになるので、 メインで使用されることもありつつ、今後はクレジット的に使用されることが増えるであろうということから、地紋や加工のないバージョンも用意してあります。   各所でデザイン要素の一つとして配置されるときに、その紙面や企画にロマンやイマジネーションを付加するように、また言葉を用いずに、クオリティの保証をできるように、そんなふうに機能して欲しいと思い制作致しました。   第一回目の企画は 今年の11月12日、「エストポリス伝記II」という作品の演奏会になるとのことです。 公式サイトはこちら↓ musicengine-info.net 企画運営に関わる方、演奏者として関わる方、来場者の方々に愛着のあるロゴに育っていきますように。 今後の“MUSIC ENGINE”の発展をお祈り申し上げます。   HESOMOGE ARTWORKS 川口 忠彦 拝

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『VENUS & ECHOES』を終えて

去る1月9日に行われた『ヴィーナス&ブレイブス』の楽曲演奏会『ヴィーナス&エコーズ』は大盛況でした。 発売から13年分の、深く熱い想いを持つ数百人で作った、儀式のように真摯に始まり、笑顔と涙で過ぎ去った時間。 当日は演奏者と指揮者の面々はもちろん、フロアスタッフの皆さんも大活躍で、大変お疲れ様でございました。   ◇   私は、当日に至るまでの約一年、ビジュアル面と企画のコンセプト面を作りあげていきました。 デザイナーの白倉良晃氏と共に、キービジュアルやパンフ、アンコールの掲示にも気を配って、 全てのデザイン要素を「一級コンテンツの設え」になるようパッケージングしました。 企画名やキャッチコピーも提案させていただきまして、 「“本物感”漂う、商業クオリティのエッセンス」をふりかけていきました。 『“監督全面協力”の本気』です。 結果として「演奏会」としてはもちろん、それ以上に、イベント全体がひとつの作品であるかのごとく『 VENUS & ECHOES 』という新たな魂の宿りを感じていただけたなら、今回の私の試みは成功です。   ◇   個人的に、そこまでパワーを注いで企画の実現と成功に向けて尽力した一番の目的は、 「ヴィーナス&ブレイブスファンの方への恩返し」です。 とりわけ、「ここ何年も僕の個人活動を応援してきてくれた方々への恩返しをしたい」というのが正直なところでした。 そして、それはしっかり果たせたと言っていいと思います。 あの場にいた多くの人達が素晴らしい楽曲と演奏を心から楽しんだことは、その場からも、終演後に皆さんとお話していたときにも、十二分に伝わってきました。 この企画に尽力したことが、 「続編ゲーム」という形で次をお見せできない、自分なりの精一杯の恩返しです。 喜んでいただけたようで、本当によかったです。   ◇   さて、私は以前から「ヴィーナスは“Waltz for ~”だけ突出しているけど、どれも名曲揃いなんだ」と言い続けてきたとおり、「ヴィーナス&ブレイブス」の音楽が良いものであることは、自分にとっては“14年前からの”自明の理です。 また、プロの演奏家であり、かつヴィーナス&ブレイブスのファンでもある河合さんが主催していることで、演奏が良いものになるというのも、確定事項のようなものでした。 (もちろん実現に当たって大変な配慮や苦労があったことと思いますが、それをも乗り越えるだろうという期待も含めてです) そのように、内容的には成功がほぼ約束された中で、私のしたことは、 この企画そのものの『位置づけ』と『演出』です。   私はいま、個人で創作と表現をする作家として活動しています。 「市場や顧客の求めに応じておもてなしをする」エンターテイナーとは違い、 作家は “自らの作品や表現に対して、心から誠実であること” そして “社会の変化を感じ取りながら、全身全霊をもって筋の通った生き方をすること” が、とても大切だと考えています。   述べた通り、この企画の主たる目的はヴィーナス&ブレイブスファンの方々への恩返しをすることです。 一方で、自分が監督した作品の企画であり、そこに自ら絵やデザインの仕事をし、新たに魂を込めるということは、自分の表現活動の一部でもあります。 ヴィーナス&ブレイブスという作品とも、この企画や来てくれる方々にも、そして作家としての自分にも、誤魔化すことなく誠実に向き合う必要がありました。   企画当初からミーティングでずっと言い続けていた、私がこの企画に向かうにあたってどうしても守りたかったことは、 「単なる懐古ではなく、今とこれからのためのものにしたい」 ということ。   語弊があるかもしれませんが、昔を懐かしんで、「おとぎの国をもう一度」することは、簡単なんです。 でもそれはしたくなかった。 ヴィーナス&ブレイブスというあの山はとても想い出深い場所ではあるけれども、旅の途中、 13年前に通った場所で、いまこの瞬間もその旅は続いているからです。 「あのころはよかった」なんて、まだまだ当分言いたくない。 「いま、ここ」の現実をうやむやにせず、肯定するものでありたい。 今日も、たぶん明日も生きる“私たち”のためのものでありたい。 それが、七梨乃那由多氏も書いてくれたとおり(→Link1 →Link2)、 ファンタジー世界とその不可逆的時間経過をテーマにし、また安易な予定調和に安住しなかった 『ヴィーナス&ブレイブスらしい姿』だと認識したのです。   ◇   その結果たどり着いたのは、 「この13年の経過をなかったことにしない」 ということ。   16歳の女子高生が 29歳のお母さんになっている。 当時31歳の私は44歳になり、 18歳の青年がいま31歳になっている。 お互いに、見える世界、持っているもの、信じていることが、当時とはだいぶ違っているはずです。至極自然な、美しいことです。 そういうことを“前提に”、この企画を共有したかった。 そうして、キーヴィジュアルは時間の経過と、現実社会との繋がりをテーマに持つ絵になりました。 “巡礼-亡き王都へ-”  2015 川口 忠彦   プレトークでは、「子供をあやすような話ではなく、大人同士の、中身の濃い話をしよう」と、決心しました。 言ってみれば、私はサンタクロースの衣装を脱いで、皆さんの前に出た。 「知っての通り、サンタクロースという架空の老人はいない。 サンタは君たちのお父さんやお母さんだ。 今、みんなは大人だ。 今度は君たちがサンタになって誰かに夢を見させてあげられる。 誰かの希望になることができる。 それって、おとぎ話のサンタクロースよりも、ずっと確かで夢があることじゃないかな?」 そんな話をしたような気がします。 大人になって現実を知ることって、夢がなくなるようなことばかりじゃなくて、 大人が本気で抱くロマンは、地に足がついた、スケールの大きなものだと思うのです。 なにより実現を目指し、時にそれが現実になることがある。 まさにこの日のようにです。   そんな視点から、この企画を捉えてみてほしかった。 あの時私たちが作った、壮大なファンタジー世界と、私たちが生きる今を、紐づけて、まるごと肯定したかった。 その位置づけと、演出をしたのが、今回の私の仕事です。   2016年1月9日 東京 三鷹。 ヴィーナス&エコーズは大盛況で、厳粛な雰囲気のなか幕を開け、夢のように過ぎ、幕を閉じました。   ◇   13年たって、君たちはいま、 それぞれ自分で舟を漕いで進んでいける。 一人一艘。 他の舟と寄り添ったり、離れたりして。   何年か先、また演奏会で会う方はその大きな会場で、また。   僕の探検に付き合える、勇敢なあなたは、個展など折々で合流しよう。 昔と違って今は一人だけど、僕の旅は続いていて、一人しか通れないような秘密の小島も見てきたよ。 深い淵や、最果ての風景を、冥府に浮かぶ満天の星を、一緒に見よう。   ◇   末筆ながら、 主宰の河合晃太さん、メインスタッフの西田さん、デザインの白倉良晃氏、指揮者の家田さんおよび演奏者の皆さん、演奏のための編曲で多大な協力をしてくれたおおがみまさこさん、スタッフの皆さん、すべてのお客様、ヴィーナス&ブレイブスの開発に関わってくれたすべての皆様、VENUS&ECHOESに関わってくれたすべての皆様に心より感謝いたします。 ありがとうございました。   また会える未来を楽しみに。   川口忠彦 HESOMOGE 拝    

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『青い鳥のタロット』が3歳になりました。

  3年前、2012年の今日、 僕の個展「タロット寓意画展 蒼き鳥たちの祝祭」にて、 『青い鳥のタロット』がひっそりと発表、発売になりました。     タロットカードという題材を選んだのは、『姫君の青い鳩』(ACE COMBAT5劇中童話)で生み出した絵柄を展開させたいという意図と、そしてなにより、タロットカードの持つ神秘的でイマジネーション豊かな、とても魅力的な世界を、自分なりに具現化してみたいと思ったからです。   画集や図録と違い「タロットカード」というフォーマットが、 どのぐらいの人に手に取っていただけるのか、まったく未知数でした。 不安でしたが、創作意欲に任せて作ったというのが正直なところです。 このあたりが、ものづくりの怖いところです。笑   ふたを開けてみると、僕の作品を好きでいてくださる方をはじめ、 タロットや占いの愛好家からプロの方まで、 多くの方が『青い鳥のタロット』を手に入れてくださいました。 この3年間で、想像を遥かに超えて、数多くの方に愛していただいて、生みの親としてとても嬉しく思います。   サツキメイさんのお手引きで雑誌ananの年占いのイラストとして2度にわたり掲載していただいたり、海外のフォーラムやサイトで紹介していただいたりと、有り難き名誉もありました。   なにより、 青い鳥たちが、日々占いや携帯用、観賞用として、ご縁があった方々の生活のお供として寄り添えているようで、そういうことが嬉しいです。   絵を主張することは、創り手として生き残るための手段ではあるけれども、 創作の目的ではないんです。少なくとも、自分にとっては。 見てくれる方、受け止めてくれる方の、生きる励ましや安らぎになることが一番なんです。   ◇   みなさまが“青い鳥” を愛し続けてくださることによって、 そのおかげで 青い鳥たちは今も生き続けています。     だから、今日は発売3周年というより、3歳の誕生日です。 本当にありがとうございます。 心よりお礼申し上げます。   なんだか自分の作品でありながら、すっかり独立した生き物のような感じがするんです。 そもそもタロットというものが歴史のあるものだし、青い鳥というモチーフもそう。 絵柄にしても、もちろんこれは僕のオリジナルですが、敬愛するビアズリーをはじめ19世紀の世紀末美術や挿絵黄金期の先人たちの水脈を受け継いでいるものです。 そういうこともあるのかもしれません。 ということで僕からも「3歳の誕生日おめでとう」と言いたいと思います。   末筆ながら、 監修の三上牧さん、トーキングアバウトの藤井まほさん、 青い鳥タロット親善大使として草の根で広めてくださっている星詠みたりあさん、 anan掲載でコラボをしてくださったサツキメイさん、 流通・販売に関わっていただいているみなさま。 青い鳥のタロットをご愛用、ご紹介くださるすべてのみなさまに、改めて心よりお礼申し上げます。 今後とも、“青い鳥” たちのことを、なにとぞよろしくお願いいたします。 青い鳥は、あなたとともに。   川口忠彦 HESOMOGE 拝   PS おかげさまで昨年増刷した第2版も完売し、このたび第3版を増刷いたしました。 ひっそりとマイナーバージョンアップしております。 カードと解説書は2版と同じもの、ケースが3mm厚になり、出し入れがとてもスムーズになりました。 大アルカナ版としては、これで完全版かと思います。 そして、「小アルカナ」はじめます! ただし! …何年かかるかわかりませんので、どうぞ長い目で見守ってやってください。  

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VENUS&ECHOES キーヴィジュアル

    こんにちは。へそもげです。まだまだ暑いですね。     新作アートワークが完成しましたので公開いたします。 こちら、僕が監督した『ヴィーナス&ブレイブス』の初の楽曲演奏会『ヴィーナス&エコーズ』のキービジュアルとなっております。     タイトルは “巡礼-亡き王都へ-”   発売から13年後にはじめて行われる演奏会。 その意味やありがたみをかみ締めながら、 当時表現したかった世界と、今の美意識とを繫ぎ合わせ。 V&Bが大好きな方なら「あぁ!」と喜んでくれるような、 しかし単なる懐古やファンサービスにとどまるのでもなく。 いまなお、前向きで創造的な、自分にとって描く意味のあるものをめざし、ひとつの光景に託しました。   タイトルロゴとアートワークが今回新しく僕が描きおこしたもの。 レイアウトデザインは、グラフィックデザイナーの白倉良晃氏によるものです。 お気に召していただけたら何よりです。 こちらのフライヤー、各種演奏会などで配布される予定です。 VENUS&ECHOES特設サイトは →こちら こちらの公演は「権利元からの演奏許諾の下実施される、有志による演奏会」です。 主催者様からのご相談を受け、個人的に協力しております。   川口忠彦 HESOMOGE 拝  

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ロゴデザイン レジェンドオブレガシー

こんにちは。へそもげです。 ロゴデザインをさせていただいたファンタジーRPG「レジェンド オブ レガシー」が、1月22日に発売になります。 ええ、なんとゲームの仕事です。 ゲーム制作の仕事としてはエースコンバット5の『姫君の青い鳩』以来ですから、およそ10年ぶりというところでしょうか。 現在僕はゲーム制作は基本やってないのですが、こういうスポット型は参加しやすくてとてもありがたいです。 このたびは、ディレクターの松浦さんが大のヴィーナス&ブレイブスファンということで召喚してくださいました。僕があの作品のロゴデザインをし、いまは独立していることを知って、コンタクトをくださったのです。 松浦D、まだまだお若くて28歳ぐらい?でしたかと思います。 まさにちょうど、先日の記事に書いた「ラブレター」を宛てた世代なんですね。 自分の作品に共鳴した子たちが大きくなって、こうして自分を呼んでもらえるというのは、とてもとても感慨深いものですね。 初回打ち合わせも松浦Dとヴィーナス話に花を咲かせてとてもたのしく過ごしました。 ◇ ロゴ自体の話。 ゲームというコンテンツは、膨大な要素を持つ複合作品です。 特にRPGは、絵や音楽、物語という情緒的なものも多分に含みます。 そういう膨大な物が積みあがったピラミッドの一番頂点のピンポイント部分がタイトルロゴ。 だから、できるだけその全体像をうまく抽出して、代弁できるものでないといけません。 そういう意味で、ヴィーナス&ブレイブスのロゴを僕が自分で描いたのはしっくりくるというか、理に適ったことです。 本作では、剣と魔法の正統派ファンタジーであるポジション。 浜渦さん楽曲の持つ透明感。スピード感のある、風や勢いを感じる、颯爽としたイメージ。 これらを踏まえつつ、クオリティの高さを体現するため、シンメトリックな安定感も入れることで、インパクトに終わらず、長く見ても、何度見ても飽きない、というバランスを目指しました。プレイヤーの方々に愛着を持っていただけたら何よりです。 ◇ 内容のほうはまだ未プレイなのですが、とても錚々たるスタッフであり、期待しております。ロマサガの「電球」はゲーム史上に残る屈指の名仕様だと思っております。初めて「アローレイン」が発動したときの興奮はいまだに覚えています。 このような意欲作に参加させていただき本当に嬉しく思います。ありがとうございます。 久しぶりの、しっかりしたロゴデザイン制作、ミクロのリズム感の調整がとても楽しかったです。 ↓製品情報はこちら ファンタジーRPG「レジェンド オブ レガシー」 http://www.cs.furyu.jp/legendoflegacy/ 川口忠彦 HESOMOGE 拝

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青い鳥のタロットがanan進出!

こんにちは。 今日発売の“anan” 「恋と運命」占い特集号に、わが青い鳥のタロットが掲載されています。 もともとananで連載をお持ちの占い師サツキメイさまの手引きにより実現いたしました。   実はサツキメイさんとは2年ぐらい前に知り合っています。 タロットカードの制作途中に、カードの絵をどこかでご覧くださったメイさんが、 「とても良い絵」、とエールを下さったのです。 そのときに、「いつか何か出来るといいですね」と言っていました。 それから二年、このような形で実現できるとは、感無量です。 なにせ、個人的なプロダクトとして、どこにも権利やマネジメントを委託せずにやっている、アンダーグラウンド精神満載の、超インディペンデントな作品。 それが、「あの」とつくような、超メジャー誌に取り扱っていただけるという事件。 アンダーグラウンドが、一瞬の煌きでどメジャーな舞台に立てる奇跡。   大好きなenvyが資生堂マキアージュのCMに使われたことを思い出します。 本当に嬉しいです。 そういう舞台に耐えられるものを作ることができたのかな、と少し自信をつけたいと思います。   サツキメイさんと、青い鳥タロットの監修の三上牧さんは、お知り合いでもあり、しかしながら同業者でもあります。 お二人が、お互いのことと、なにより「青い鳥のタロット」のことを尊重するという成熟した態度を一貫してくださったおかげで成り立ったということにも、とても感謝しております。 じつは、このあたりの心情的なことって、なにかを進めるにあたってのトラブルの原因にとてもなりやすいことだと思うからです。 お二人の高い精神性に心から感謝、感服いたします。   発売から二年、こんな風に扱っていただける日が来るとは思っても見ませんでした。 A STORYさまのおかげでラフォーレに置いていただいたり、今回もそうですし、自分の力の及ばないところで、誰かの手助けを得て新しい扉が開けるものだなと実感しています。 それはもちろん、日ごろからいろいろな方々がそれぞれに支えてくださるからであり、そういうみなさんを失望させないような振る舞いや活動をしていかなければ、と思います。   そういうものに適うにはまだまだ未熟で非力だと痛感する毎日ですが、精進いたします。 改めまして感謝申し上げます。 ありがとうございました。 川口忠彦 HESOMOGE 拝

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ヴィーナス&ブレイブスの楽曲演奏会

こんにちは。 今日は、僕自身の活動ではなく、ヴィーナス&ブレイブスのファンの方々にお知らせです。 ヴィーナス&ブレイブスの楽曲がアンサンブル編成にて演奏されます。   2014年12月13日(土) 大田文化の森ホールにて 演奏は「シュデンゲンアンサンブル」。 こちらは「シュデンゲン室内管弦楽団」が母体の小規模のアンサンブル編成。 当日は「ヴィーナス&ブレイブス ~魔女と女神と滅びの予言~」や「風のクロノア door to phantomile」、「パックマン」「ゼビウス」「ドルアーガの塔」「マッピー」「ワルキューレの冒険 時の鍵伝説」など往年の名作ゲームまでナムコ(現バンダイナムコゲームス)の楽曲を演奏される予定です。 プログラムの中で、第二部が“ヴィーナス&プレイブス”や“風のクロノア”の楽曲演奏の時間になっており、 ヴィーナス&ブレイブスからはWaltz for Ariah、The Battle、Peace Returned、Sanctuary(他、十数曲)がメドレー形式などで演奏されるようです。 個人的にとても嬉しいのが、Waltz~ だけではなく、ほかの曲も選曲いただいていること。 これまで、(良く知らないのですが)Waltz~は幾度か演奏されていたようですが、あの曲だけが一人歩きするのは、監督として正直すこし複雑な気持ちだったのです。 「いい曲がほかにもたくさんあるのになあ、ゲームをプレイしていただければほかにも印象に残る曲がいろいろあるのになあ」と。 もともと、ノベルスタイルのRPGという、実は少し風変わりな表現をとったのがあの作品。そのため、音楽の背負った使命はとても大きく、楽曲ひとつひとつにも、楽曲の使い方にも、細心の注意を払って作られたのです。なにせ動画やCGで見せられないものを、シナリオテキストと楽曲の力だけで、あの100年の戦いを描いたのですから。 だから、もっともっといろんな名曲がスポットを浴びていいと、ずっと思っていたのです。 それが今回、ちょうど先日の個展で関係者の方とお会いでき、ヴィーナス&ブレイブスのお話をいろいろとさせていただき、作品全体への大きな愛を感じることが出来ました。 今回の演奏会には、作品全体への愛やリスペクトがあり、それが企画・選曲に現れていると感じられ、そのことがとにかく嬉しく思いました。 ということで、今回の演奏会、初めて、ゲーム音楽の演奏会を拝聴させていただきます。 そして、僕としても、心からの感謝を込めて、全力で応援したいと思います。 ちょうど本日10/25からチケットが一般販売されています。 ヴィーナス&ブレイブスファンのみなさん、一緒に聴きに行こう! 「勝利は俺達の手に!」   【詳細】 >>>シュデンゲンアンサンブル「室内楽による765の調べ」   川口忠彦 HESOMOGE 拝

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2014.08.30 個展ギャラリートーク 第二回

  8/30 個展会場A STORYにて七梨乃 那由多氏によるギャラリートーク(二回目)を行いました。 以下、当日の模様を七梨乃氏に起こしていただきました。       大変長らくお待たせいたしました。 ギャラリートークの第二回の模様をお届けします。 今回は前半、七梨乃による美術トークが入っており、 後半はそこから発展して、川口さんの作品に対する技術的、精神的な面から、 ここだけのお話をして頂いています。 アートというのは、観るだけでも大いに感動できるのですが、 語れば語るほど、その深みを増していくようで面白いですね。 それを皆で共有していった時に、どこまでいけるのか。 今後が楽しみになるような素晴らしい会でした。 この場を借りまして、あらためて皆様に御礼申し上げます。 それでは、またちょっと長めですが、是非お楽しみ下さい。 文藝サークル『天秤と鏡』七梨乃 那由多 (※以下、可読性のために内容をある程度編集しています。) 川口忠彦氏(以下、川):それでは、始めさせていただきます。 すみません、遅くなりまして。ありがとうございます。 七梨乃那由多(以下、七):では、第二回ギャラリートークを始めていきたいと思います。 まず最初に自己紹介をさせていただきたいと思います。 私、七梨乃那由多(ナナシノ ナユタ)という名前で同人作家をやっておりまして、 自分の文藝サークル『天秤と鏡』でコミティアなどでたまに小説本を出したりしております。 美術がすごく好きで、もともとは美術担当の書店員だったんですけれども、 その流れで美術のツイートをしていたら川口さんに気に入っていただいて、 今回の席を設けていただきました。 前回なんですけれども、タロットについてのお話をいろいろとお伺いしまして、 実際にタロットとは何ぞや?というところから、 「マルセイユ版」と「ウェイト版」の二つの要素を取り入れて、 川口さんなりに現代風に解釈して、 そこに新しく「青い鳥」というものを個人の見解として加えられたんですね。 タロットというのは、人生で必ず出会う22の情景。それに対して、 その時々によって幸せというもの、幸福感というものがどこにどれぐらいあるのか、 その指標として「青い鳥」を加えられたという、それが川口さんの考え方だったんですけれども、 根っこにあるのは、例えば「塔」だったり「死神」だったり、一般的に悪いと言われているものに関しても、 川口さんとしては、ただ“悪い”で終わるのではなくて、次に良いものが来るための「クッション」段階としての、 「塔」だったり「死神」だったりということなんだよ、ということを言いたい、 そのために「青い鳥」という指標を置かれたんだと。 とまあ、前回の話はここまでにしておきまして、 今日はですね、川口さんがゲーム製作の監督をされていた時に作られた、 『ヴィーナス&ブレイブス』というゲームの解説から入っていきたいと思います。 これは僕が本当に……10年前ですかね? 川:11年前ですね。 七:11年前!僕、今年28歳なので、17歳で出会っているんですけれども。 川:一番多感な。 七:一番多感で一番暗黒の時代だったんですけど(笑)、そんな時に『ヴィーナス&ブレイブス』をやって、 本当にこの物語にのめりこんで、ずっと好き好きと言って川口さんを追っかけてきたわけですけれども、 そのゲームについてお話をしたいと思います。 川:ちょうどこちらの三人は、かなりヘヴィな『ヴィーナス』のファンの方なので、 なんの話でも多分わかります(笑)。 七:なるほど。いきなり「メルヴィン」とか言っても伝わるわけですね(笑)。 川:もう全然余裕でわかります(笑)。こちらだけは(笑)。 七:ちょっと、物語のあらすじをさらっていきたいと思います。 『ウェル=バリウスの滅びの預言書』というものがある世界なんですけれども、 その預言書によっておよそ100年間にわたって世界が死んでいくという、 いわば呪いのかけられた世界のお話なんです。 その書の内容を書き換えるために、大精霊――(大)天使のような存在から遣わされた女神アリアと、その血を飲んで不死者となった騎士ブラッド・ボアル。この二人が組んで騎士団を結成して、 100年間世界中を戦い抜くという、そういうあらすじになっています。 で、この二人は不死なんですけれども、実際に騎士団を組むにあたって採用してきた人たちは普通の人間なので、年を取ったら引退するし結婚もするし、100年も戦ってる間にその子供が入隊してきたりとか、 そういうことがあるわけなんですね。そういう風に時の流れと共に移り変わって、 どんどん悪いことが積み重なっていくんだけれども、世代交代を繰り返し、世界中を旅して、 その結果として騎士団の歴史というものが作り上げられていくわけなんですね。「生きた伝説」として。 騎士団で戦った人たちの血族というのが世界中にいるわけで、 その時になって初めて100年間戦い続けてきたブラッド・ボアルの、“俺『たち』はやれるんだ” っていう言葉が人類全体に届いて、魔物を倒すことができたというお話なんです。 しかし、その時に魂の循環器である『ウルの塔』というのが衝撃で壊れちゃったんです。 『ウルの塔』というのはまあ、黄泉の国のようなもので、死んだ人たちの魂を循環させ自我をリセットして、綺麗な状態にしてまた地上に送るという機械なんですけれども、それが壊れちゃったので、 精霊の皆さんは大変お怒りになって“世界をリセットしてやる!”といい始めたんですけれど、 最終的にブラッドによって神様(大精霊)が殺されたことによって、 神話の時代が終わるというエンディングになっていくわけなんですけれども。 僕はけっこうミーハーだったので、普通の(有名な)RPGをやってきたんです。 ファイナルファンタジーや、ドラゴンクエスト…… ロードス島戦記とか、そういう物語もすごく好きだったんですけど、 『ヴィーナス』をやってすごく衝撃だったのは、神様を殺す、 それ自体はまあまああるでしょうという感じなんですが、 枠を壊すということを物語の中でやっちゃったということが僕にとって衝撃だったんですよね。 最初に買った時に「百年戦うゲーム」というふれこみがあったじゃないですか。 “そうか百年戦うのか、頑張ろう”って思うじゃないですか(笑)。 そしたらそれが全部劇中劇でした、っていうのをやるわけです(笑)。 川:ふふ(笑)。 七:いきなりメタなことをやるわけで、僕は当時そのことにすごく衝撃を受けたんですよね。 それで、その物語を自分なりに解析していった時に、川口さんの思想が見えてきたんですね。 女神アリアと不死者ブラッドは、神様がいなくなって魔法がなくなったので、ただの男と女になり、 その時初めて二人の恋人として結ばれる、っていう終わり方なんですけれども、“そうだよねぇ”と。 僕、最近改めて恋愛論的なもので(『ヴィーナス』を)見直したときに、“あ、そうだわ”と思ったんですが(笑)、人と人……特に男女(恋愛)かもしれませんが……の交際の始まりって、 自分の中の憧れのループを終わらせた時に初めてちゃんと始まるんですよ。 自己完結してて、妄想しているループを終わらせないと始まらない。 それが終わって初めて人として向き合えるようになる、ということも言えるなあと思うんですよね。 自分の中の神話を終わらせるっていうことは、 ある意味で自分の限界を認めることにもなっちゃうわけですよ。 現時点で自分はこういうことができない、ということになってしまう。 でもそこで川口さんが希望として打ち出しているのが、 “でも俺たちには時間があるじゃないか”ということ。 このタロットにしてもそうなんだけども、時間があって、時代が移り変わっていく。 であれば、どこからスタートしたってやっていけるんだから、時間をかければ先に進めるんだから、それでいいじゃないかという、別にどこから始めたっていいじゃんということを仰りたいのかなと思ってまして。 川:おお、なるほどね。 七:前回のギャラリートークの時も、高校野球に出て結局プロになれずに おでん屋のマスターになったおじさんの話がありましたけれども、“それでいいじゃん”っていうのがあって。 僕はもう、正直前回のトークをやるまでは、 その「おでん屋のマスターになる」ということがちょっと怖かったんですけれども。 やっぱり、プロにはなりたいし(笑)。 川:はいはいはい。せっかく甲子園出たんだったら……(笑)。 七:そうですね(笑)。いけるところまでいきたいじゃないかっていう。 ただ行けなかったというのは悲しいなと。ただ、そこにはそこの風景があるし、 そこから先もあるし……っていうのも(わかったし)、川口さんの仕事は必要になるなぁということを思いました。 で、川口さんの思想というのは基本的にそういうものなんですけれども、 美術という観方から川口さんの仕事を考えていきたいのですが、今お話したとおり、メタ思考の方なんですね。 枠を規定して、それをぶち壊すというところに芸術を持ってきている方なので、必然的に美術自体の話になっちゃうんですが、 今の美術の最前線の話をします。 実は、美術館で観る美術というのは、流行として、終わりつつあります。 その代わりに出てきたのが、『アートフェス』です。 いくつか例を挙げましょう。 『六本木アートナイト』というものがあります(http://www.roppongiartnight.com/2014/)。 これはですね、もうこの前終わってしまったんですけれども、 六本木のクラブ、カフェ、森美術館などの美術館プラス商店街が組んで、 一晩限りのアートと音楽とカフェと商店街の祭典をやるっていうフェスなんですけれども。 それがまず、午後の6時から(翌日)5時までをコアタイムですと言っていて、 もう、全然美術館の…… 川:はいはい、逆だ! 七:そうなんですよ、真逆なんですよ。夕方の5時とかに閉まっちゃうのと。 踊ってもいいし、食べてもいいし、その中にアートがあるんです。 あとは『黄金町バザール』(http://www.koganecho.net/koganecho-bazaar-2014/)という、 横浜にある黄金町という商店街なんですけれども、そこもアートフェスをやっていて、 蚤の市、普通のフリーマーケットもやるし、商店街で飯も食えるし、だけどシンポジウムもやってるんです。アートの。 演劇もやっているし。 特徴的なのは、今実際に黄金町で活躍しているアーティストと、海外からの(ゲスト)アーティストが半分半分で出ている。 地元の文化も楽しみつつ、海外の文化に繋がりつつ……でも、「商店街のお祭り」なんですけれどね。 今ヨコハマトリエンナーレというのもやっていて、黄金町はそれと組んでいたりもするわけですけど、 もう関東圏内だけではなくて、飛騨高山もこんど新しいアートフェス(http://hidatakayama-kodamale.jp/)ができましたし、 「アートをアートとして観る」のではなくて、ご飯を食べに来る人はご飯食べに来てるし、 音楽好きな人はそれを聴きに、踊りに来てるし、色んな人がそれぞれの自分の好きな目的のために来ていて、 その脇に「挿絵」としてアートがある、っていう情景が、今のアートの最前線、アートフェスというものになっています。 じゃあどうしてこういうことが起きたのかっていうのには、二つ理由があります。 一つは、地方が抱える問題に対して、民間で解決していこうという流れが出てきました。 地方の問題っていうのは要するに過疎化ですよね。伝統工芸もバンバンつぶれちゃうし、 お年寄りが亡くなったらもうそこでおしまいっていう現実、“介護どうすんの?”とか、 それに対して国が何もやってくれないから、自分たちでやるしかないじゃん、と。 そこで町興しを兼ねてアートと組もう、という流れ。 国が今までそういう地方の問題に対してやってきたのは、いわゆるハコモノ的公共事業ですよね。 ハコモノというのは、もう今のオリンピック(会場)にしてもそうですが、 いきなりでかいものをぼこんと作って、“誰が使うの?”誰も使わないでしょう……と。 あれって結局何が目的だったかというと、莫大な予算を行政に配って、議員には実績、 業者にはカネを配るという、それが目的だった。 だけどもう流石にそれはまずいんじゃ、というのがわかってるから、 プロジェクト自体を自分たちで考えないといけない。誰かにやってもらうのではなく、 その「やり方」から考えないといけないということを皆考え始めたんですよ。 そこでアートというのが、挿絵としての需要が出て、 野心を持った若者もいっぱいいる業界ですから、そういうものと組んでエネルギーを持とうとなった。 もう一つは、美術館で観るという鑑賞のスタイル自体が限界に来ているということ。 “美術館で美術を観ましょう”っていうのには、何かちょっと、構えるところがありませんか? 何々美術館で行われている抽象画の展示を観に行くとか、フェルメールがどうとか、 “絶対勉強しないとわかんないんだろうなぁ”という感じがすごくする。 それってみんなが抱えている問題で、実は『美術館疲れ』っていうのがあるんですよ。 川:へえぇ。 七:こう美術館を回っていると、つまんないデパートを回った後みたいにすごく疲れて、 もう歩いてられないってなってしまうという問題があるんですけど、色んな要素があって。 区が立てた(公立)美術館というのは、地元のお金持ちの趣味の倉庫なんですよ。 常設展という名の倉庫だから、その人の趣味を他の人が観ても全然つまらなかったりとか。 川:はいはい、なるほどねぇ。 七:まず教養を観につけないとわからないというその前提自体が、もうバブルの名残ですよ。 学歴、ステータス重視で、あなたは文化に触れる資格がないですよという呪い。 フェスはそういうところから逃れようとする試みでもあるわけですね。 川口さんのこの展示は、川口さんご自身の作品も展示されているし、 タロットもまた、川口さんの美術作品の一つだけれど、それを遣って占いもやっているし、 この会場もまたお店だから、(雑貨を)買って楽しむこともできるし、色んなことができるじゃないですか。 それって実はスマートなことというか、求められているところなんですよ。 川:時流に合っている? 七:時流に合っているんですよ。それがアートの今の流れなんですよね。 この額にはまった絵なんですけど、美術っていうのはもう、正直死んでるんですよ。 ……画家さんを前にして言うのもなんですけれども(笑)。 というのは、ピカソという人が殺しちゃったので。 ピカソというのは『キュビズム』といって、二次元の中に三次元を無理やりやろうとして、 キャンバスの中に3Dモデリングをがんばってやり始めた人だったんですね。 彼の何が一番の偉業だったかというと、 今までは写実主義、印象主義、象徴主義という流れがあったんですけれども、 写実はまず写真みたいにリアルさを追うのが流行りだよねというところがあって、 印象はそのリアルの流れを踏まえて、いや違うでしょ、自分たちの思ったことをそのまま表現できるのが、 絵の技術の最高(の目標)だろうという、写実主義に対する反論としてあって、 今度はそこに象徴主義というのが出てきて、それは違う、皆が共有できる観念を描くというのが、 絵にしかできないことだという、反対、反対、反対という流行の繰り返しだったわけですね。 ある意味でお互いを補完しあっていた。 だけど、ピカソはその流れ自体を否定したわけです。 そのために、枠の中で三次元を描くということをやっちゃって、それが当たっちゃったもんだから、 もうそれ以降の人たちっていうのはとんちを利かすしかないわけです。 一休さんのように…… 川:そこから始まってるのね。今の現代美術も。 七:まさにその通りです。現代美術の始祖は『ダダイズム』というのですけれども、 もうそこから変わっていないわけですよね。とんちなんです。 枠の中で勝負をするのではなくて、枠の外で勝負をする。 真っ白なキャンバスを置いて、「ここから観えてきた風景がアートです」とか、 絵の観方そのものでアートをやろうとした。 川:デュシャンとかね。 七:まさに。デュシャンはダダイズムの父なんですが、男性の小便器を逆に置いて、 『泉』という名前をつけて出品したという、まあおかしい人なんですけど(笑)、 観方を変える、それがアートだと。それしかなくなっちゃったんですね。 枠の中でやれることをピカソがやっちゃったから。 枠の中に収まった絵としての美術、というのはもうそんな状況なんですよね。 それを認めようとすると今度は贋作という問題も出てきたりして。 贋作という問題、今出ている美術手帖の贋作特集というのを読んでおぉ、と思ったんですけれども、 例えばフェルメールという中世の画家の贋作で食っていた贋作家もいたんですよ。 面白いのは、“実はフェルメールはイタリアの影響を受けていて、こんな画風にも存在していた” っていう歴史があったんですけれども、それがもう丸々その人の仕事だったんですよ(笑)。 川:へええ! 七:その人は17世紀の、全然売れてない絵を買ってきて絵の具をこそいだんですよ。 こそいで、それを使って絵を描いた。で、フェルメールの特徴をその絵の中に埋め込んで、 “実はフェルメールはこういう絵に挑戦していた”といって出したら、通っちゃって。 川:はっはっは(笑)。 七:オークションで、やっぱり美術ってやりとりされていたわけなんですけれども、 そこの人たちが世紀の大発見だといって判子を押しちゃったもんだから、それがもう通っちゃって。 それって何故起きたかっていうと、みんながフェルメールを聖人化しちゃったから。 “天才だからなんだってできるだろう、描けるだろう”と。この人は物語を持ってるんだと。 ちょっと前に映画になった『ダ・ヴィンチ・コード』っていう本があって。 『最後の晩餐』という絵の中に実は暗号があって、世界を災厄にみまう陰謀がここから始まってるんだといって、 テレビ番組でやったり、トム・ハンクスが映画をやったりしたんですけれど、 結局画家を神と見て、何でもできるから~という前提を皆が持っていたことによって、 実は美術の本質というのはどんどん汚されていたし、その人が本当に描きたかったものというのを誰も考えない。 だけど担ぎ上げるという時代だったんですけれども、それが壊れつつあるということです。 それに対して、今の川口さんのやり方というのは、とにかく実用主義で、 ご本人がもう、とにかくご自分で描いた絵で生活に直接繋がって行きたい、と考えていらっしゃって、 そういうところに僕は価値があると考えていて。 川口さんの作品を、現代アートの一つの文脈として捉えた時に、 「遊びたい」という気持ちを起こさせるというところに、川口さんの芸術の価値があると思う。 遊びを始めるメディア、というところがあって。 やはりご出身がゲームという総合芸術なんですけれども、前回仰られていたのは、 もっとアートとか純粋な環境音楽の方が自分を癒してくれるだろうし、そういう人も増えるだろうと。 「ゲーム」という現実逃避のハコではなく、 もっと生活とか人生にアクセスできるものを探されて、今回の企画になったわけですけれども、 絵というものから何か物語が始められるというスタンス、これはなかなかないですよね。 表現に実効性を持たせる、ということなんですよね。 今回川口さんがタロットを選ばれたきっかけは、ご自分の表現の幅を広げる、というところでした。 川:はい。きっかけは、そうね。 七:結果的には占術師の方とコラボレーションして、お店ともコラボして、 一つの遊べる場というのを作られたんですけれども、それって既存のメディアミックス的なものではなくて、 あくまで川口忠彦という物語、『ヴィーナス&ブレイブス』でも語られていたし、『セブン』でもそうだし、 それ以前にも語られていた、その物語は終わっていないんですよ。 言ってみれば、この作品たちだって『ヴィーナス&ブレイブス』の続きだとも言えるし、 ある意味、TERROR SQUADさん、マシリトさん(のアートワーク)の方向からもそうだと言えるし。 川:そのマシリトさん、今あそこ(客席)にいらっしゃいます。お久しぶりです(笑)。 七:あっ、そうなんですか(笑)。 美術というご自分のフィールド、ゲーム、アートワークというそれぞれがあって、 でもすべて、「外伝」じゃないんですよ。あくまでこれまでの物語全部、その「本編」が続いているということをすごく感じます。 このタロットでいうと、川口さんは「愚者」を敢えて背負うということをされているのかなと思います。 始まりであり、終わりであるということ。前回光と闇の話をしましたけれども、 光は調和。みんなでなんかしようぜ!という感じ。闇というのは、受け止めるというか、 ある意味調和ではあるんだけれども、現実を分析して、冷静に指摘してくれる存在。 その二つを繋げているんですよね。だから、川口さんの絵というのは「全ての人(の人生)にとっての挿絵」ということが言えるのかなと。 川:うん。そんな気がする。 七:それでちょっと触れたいと思ったのが、『丑の刻参り』という作品がヒルバレースタジオで展示されていましたよね。 川:はい。そうですね。 七:拝見したんですけれども、すごくエンブレムっぽい感じというか、一つの意匠という感じがすごくしたんですが、 あれはtwitterではこれまでのご自分の画風を纏められたと仰っていましたが、 あそこで感じられた、何か手ごたえというか、達成できたというものはあるんでしょうか? 川:空間的に、いわゆるストロングスタイルの絵画の作品と、タロットみたいな平面構成をメインにして、 形の平面的な面白さが割とうまく融合できてきたなという感じ。 それと、ここ数年で、自分の軸足がやはり19世紀美術なんだな、っていうことを強く自覚することが多くて、 それがかなり素直に出てき始めたなと思ったのね。あの枠とか、かなりビアズリーチックだし、 書き文字とかも19世紀末の感じとか、かなり素直にできていって、そういうのが(ある)。 『丑の刻参り』なんで、わら人形を使って呪いをする状況、というのをクライアントさんに言われて書いたんだけど、 それを純日本にするんじゃなくて、わざと和洋折衷のわけのわかんないものにして、 でも形態はできるだけ西洋に寄せて、ちょっと装飾的にするとか、あのバランス感というのが、 今後、絵画的にはああいう方向に行くんだなということ。 本当に絵画とか描くとかそういうところにかなり寄ったところで、自分の今後になりそうなもの。 やっぱりゲームも作ってきたし音楽もやったし、詩も書いて、絵も結構ばらばらな絵を描いてきて、 今後どうなるんだろうって自分でも思ったんだけれども、もしかしたら絵という意味では、 結構一点に向かってんじゃないかな、という手ごたえを感じましたね。 七:かなり集中をしてきたと。 川:そうそう、してきた。 七:なるほど。意匠的なものと聞いて感じたのは、『丑の刻参り』なので、 呪う女の人がわら人形を織っているんですよね。 そのポーズがわら人形を持ってそこから糸がぴゅーっと伸びて、縫っているんでしょうけれど、 そういう瞬間が描かれていますけれど、そのポーズから僕は手仕事に対する愛着っていうのをすごく感じていて、 19世紀美術といえば、ウィリアム・モリスだったりとか、 どっちかっていうと職人さんの技を美術にしていこうという流行があった頃なんです。 模様とか、実際に服にしてもおしゃれだったりとかするわけなんですけれども、 やはりそういうところにリスペクトがあったのかなあとすごく思ったし、 どこか版画的でもあるんだけれど、親しみやすさもあるんだけど、 物語が盛り上がってきたところに、神話に届くような感じもあるんですよ。 呪いをこれからやるぞと。現実的じゃないところに行くんだという、それをすごく感じました。 川:ああ、そうね。確かに確かに。 七:もう一つは『エス』という、ヒルバレースタジオの作品なんですけれども。 珍しく赤基調ですよね。女性の脚、下半身だけが絡み合っているし、彼岸花?が咲いているのが、 もう乱れ咲いて、花弁が乱れ散って、下半身にばあっとかかっているという、 すごいフェティシズムです。個ですよね。線もコミックエッセイのようだし、 エロティシズムというのは新しいなと思って。あれは川口さんの感じでは……ないですよね? 川:そう、多分改めて見てみると、俺って普遍性をやっぱり一番大きなキーワードとして、 とにかく皆が見てかっこいいと思うもの、死神だったらああいうカッコよさだよね。 皆が思う、鎌持って颯爽としているのがカッコいいんだとか、隠者だったらローブ着て篭っている感じとか、 そういうものに竜巻が起こったりとかのワンアイデアを加えてと普遍に向いていたんだけど、 そういえば自分の個体性とか、「自分の」というところから深めて普遍に向かうというのをあまりやったことねぇな、と思って。 やっぱり会田誠を見ていると、彼はもうフェティシズムとか…… 七:(笑)そこからですか!僕もう本当にそうだなあ(会田イズム)と思って……(笑) 川:そうそう、でしょう?(笑)もう思いっきりそうで、逆にいうと軽薄な動機って大事だと思っていて。 会田誠を観て「ああなるほどね、じゃあ俺も!」みたいな(笑)。 割とそういうところはライトなんだけど、自分の場合のフェティシズムとか個体性っていうのを、 一回極めてみたらどうなるのかって言うのが『エス』で、 あれは本当に女性の脚に美を見出してる人にとっては“これは綺麗ですね、私気に入りました”って、 男女問わず言ってもらえるんだけど、 それがわかんない人にとっては“なんで脚ばっか描いてんの?”って言われるという、 不思議な反応のある(笑)。俺はもう美を描いているつもりしかなくて、 こんなに「美」だらけの作品はそうないと思ってるんだけども。 七:(笑)僕は脚フェチではなかったから、“うーん、これはどうしたことか”と(笑)。 わからなかったんですけれども。 川:謎だったのね(笑)。そうそう、そういう大きな違いが出る、珍しい作品で、 ちょっと実験的にやってみましたという感じです。 七:面白いですね。まさに会田誠の話をこれからしようと思っていて、 会田誠の補足なんですけれども、美少女をモチーフに描いている人で、 以前六本木の森美術館で展示をしている、現代アートでいうと大御所の方なんですけれども、 結構グロいといえばグロいのが多いですね。美少女の裸がミキサーにかかってるだとか、 江戸時代の巻物なんだけれども、登場人物が全員スク水を着た女子高生だとか、 そういう方なんですけれども。 女体というのはこれまでにもアートワークなど、川口さんの作品の中にも出てきてたんですよね。 バフォメットとかヌードもあったし、だけど、川口さんが使う女体というのは、 前回タロットで「悪魔」におけるバフォメットは主役じゃないんだというお話がありまして、 人間の方が主役で、悪魔そのものよりも、悪魔的なものに自ら飛び込んでいく。 首輪が緩いというのは本当は自分で出られるはずなのに、自ら官能的な部分に落ちていってしまう。 これって悪魔は道具に過ぎなくて、ヌードの使い方もそうだし、 アートワークにも「掴み」的なもので使われてて、僕はエロティシズムを感じなかったし、 だけど『エス』というものは「肉」にすごくフォーカスしていたから、 すごく“肉だなぁ……”と思って。あの心境の変化ってかなり大きかったんじゃないですか? やっぱり自分の肉体性に目を向けるのってすごく難しいというか、 僕もネガティブな人間で、もともと小説を始めたのって現実を否定したいから始めているわけで、 自分に関する現実というのが全部嫌いなんですけど、 川口さんも「闇」の人だから、そういう部分もありますよね? 川:そうね。そういう自分とか自分の周りのことじゃなくって、 とにかく観ている理想だけを描きたいというのがすごくあって。 でもそっちばっか行っていると…… 一個は、タロットをやってたことでそこをクリアできちゃった感じが自分の中であって、 次に行くのはそっちじゃなくて、今までは精神性の一番上の方をやろうとしていて、 今度は一番下の方をやろうとしていて、もう自分の肉体性とか、フェティシズムとか、 逃れようの無い自分のところをやろうとして初めて、次の段階の、 よりアート的なところに行くのかなっていうのははっきり思ってやったところ。 七:バランスを取るために、ということですよね。 川:例えば草間弥生にしても、千住博にしても、やっぱりどっかでブレイクスルーした時に、 必ず自分の個体性とか自分固有の感覚というところに着目した時に、簡単に言うと評価され始めた。 草間弥生は『無限の網』という作品でヒットしたんだけど、ああいう、 その人にしかわからない感覚かもしれないギリギリのところをついた時に、 特に欧米では評価されるんだなあと思って。 そう考えると、自分はそっちはやってない。 おとぎおとぎで、『ヴィーナス』なんかは完全に理想化されたおとぎの話だし。 そうじゃなくて……というのと、やんなきゃいけないっていう固い意志が大きかった。 七:あのヒルバレーに並んでいる作品の中でもかなり攻めている、 もう言ってしまえば殴り込みをかけているようなところがありますよね。そういう動機だったんですね。 草間弥生は水玉模様の……ちょっと前にiidaという携帯電話のデザインもやってましたよね。 あの方はもともと、神経症なんです。本当に夜に網目模様が自分の目に観えてしまうらしいんです。 ずっとそれを抱え込んできたんだけれども、それをあのデザインに落とし込むことができて、 それでブランドが出来上がってきたんです。そういうところが川口さんがこれから挑戦されるところだと。 川:そう。そこには向き合わないと、この先は無いなという感じを強く持ったので。 七:大変ですよね……(笑)というのは、肉体性ってすごく好き嫌いが分かれるから。 『エス』っていう作品そのものについての評価もそうだし、あれは好きな人はすごい好きだけど、 ハマんない人は“えっ”となってしまうから(笑)。 そういうところって普遍的なものと違って、流れを変えてしまうし。 それは大変ですけれど、そこを通らないと…… 川:結局目指すところが普遍というのは変わらなくて、ただ今までは普遍を普遍として言っていただけなんで。 すごい厭な言い方をすると、“平和って大事だよね”って言ってるだけな感じがしたの、俺は。 七:ああー!……24時間テレビ的なやつですね?(笑) 川:そんなの皆わかってるし、真実を真実として、真理を真理としてそのまま言ってるだけでは…… 命は大切だとか、平和がいいんだとか、戦争は良くないんだとか、そういうことでなしに、 まったく関係ない自分の生活のことを描いているにも関わらず、 その結果、平和が大事だと言えることが、芸術の目的になるのかなというところに到達した。 七:やっぱり美術のクオリティを追究した時に、ただ観て“キレイ”で終わったらそれは良いものとは言えないんですよね。 そこにいたるきっかけというのにはタロットがかなり影響があったんでしょうね。 川:うん、かなりでかいね。 七:ここに描かれているのはやはり真理であるし、普遍性なんですよ。おとぎ話。 だけどそれを実際に使って占いをしたりして、こういうドラマが色々生まれたし、 色んな方面から色んな人が集まって色んなイベントをやるような、 その体験が川口さんのそうした動機を生み出したのかも知れませんね。 川:そういうのもあるかも知れないね。やっぱり次の段階なんだっていうのが強くあったから。 七:僕は川口さんの普遍的な、精神的な部分への取り組みは観てきたんですけれども、 肉体的な、個人的な部分はあまり見えてこなかったんですよね、これまで。 川:そうでしょう。隠してきたからね。一切作品に表れないようにしてきたんで。 美意識の方だけで制御してきたから。その後にそういうもの(肉体的アプローチ)が入ってきて。 七:「お題目」で終わらないために、川口さん自身が表舞台に出て行かないと、 中身が通らなくなってきたということですか。 川:そういう感じがする。 七:昔は僕の中で『ヴィーナス&ブレイブス』のすごい監督さんというイメージでしたけど、 今はもう昼間カレーを食べる人だということを知っているし(笑)。 会場:(笑) 川:ははは(笑)twitterでね。 七:毎日の血圧も知ってるし(笑)。魚を焼く人っていうのも知っているから、 大分もう川口さんの人となりがわかってきているんですよね(笑)。 でもそれもすごく大事なものなんでしょうね。 美術の流行っていうのも「リアル」、ここで実際に話している人のリアルが透けて見えるということに意味があるし、 そこから一つ一つの絵を観た時に、自分たちもここからどうやっていこうかなあ、というのが必要になるでしょうね。 川:一個だけ具体例を挙げると、顔を描く時に、鼻の下の人中はできるだけ省かないように描くようにしていて。 それがあっても美しいように描かないとだめだっていうのが自分の中の基点というか。 これがないとアニメや漫画っぽく、かわいくなりやすい。 鼻も、鼻の穴だけちょんちょんと描けばかわいらしくなりやすいんだけど、 そっちじゃない方向に行きたい。それは必ずあるものだし、それを描いて尚美しいというものをやりたいと思っていて、 そういうのに近い、さっきの話は。 七:難しいですね。少年漫画や少女漫画って顔のパーツをなるべく簡略化しようとするじゃないですか。 造形という面で観た時に、鼻っていうパーツって結構……醜いですよね、正直な話。 ここを隠すだけで結構美しくなる顔っていっぱいあるから。 川:この「星」の人なんかもガリッと描いてあるし、でも“坂本龍一みたいだなあ”とはならず、 ……人中描くと坂本龍一に見えてくるんだよね(笑)。もしくはサルやチンパンジー(笑)。 でも美人に見えるっていうのはこだわり。 会場・七:(笑) 川:それがすごい、ミクロな例だけど、個別性というともすれば醜悪な部分を内包しながら、 普遍性という美の部分に至るところの、すごくミクロな例として挙げました。 七:そうですよね。鼻というのはすごく大事な問題だし、 あそこで描くと決めたらその奥の表情を描くしかないじゃないですか。 この人はただの美人です、で終われない。 鼻の穴だけだったら、結構印象だけでごり押せるので、こういう感じの人いるよね~みたいな、 黒木メイサ的だよね~って、あとは目を大きくしておけばいいやみたいな(笑) だけどあれを描いちゃったらあの人は「あの人」にしかならないから、 ちゃんと役割を持たせてあげないといけないし、ポジションをあげないといけないから、 そういう意味でかなりチャレンジングですよね。 川:すごく地味で自己満足的な部分なんだけど、自分にとってはすごく大事なところ。 七:いやいや、大事ですよ。『青い鳥タロット』の一つ一つの絵柄に説得力があるのは、 そういう技術があるからだと思うし……僕、「力」の女の子がかわいくってタロットを買ったんですけれども。 川:ああ!ありがとうございます(笑)。今回大人気で三枚売れてます。 七:あの子、かわいいですよ。あの子別の何かに出ませんか?(笑) 川:わからない(笑)。機会があればとしか言いようが無いけれども。 七:僕は結構ゲーマーなので、萌えキャラ的なものを見つけると愛を傾けちゃうんですが(笑)。 あの子がすごくいいなと思うのは、隣のライオンにまったく負けてないんですよね。 ライオンがめちゃめちゃキャラ立ってるんですよ。鬣の中に宇宙があって。 宇宙を内包して、そこから輪くぐりじゃないけど出てきてっていう勢いがある。 そういう幻獣を制御している若い女の子なんですけど、ちゃんと力を制御している、 もう一つのバランサーということがわかるから、どうしてかなあとも思ったし。 今後の展開がやはり楽しみなんですけれども、やはり『丑の刻参り』という総決算的なものを展開するのか、 『エス』のようなものをもっと出していくのか、どう考えていらっしゃいますか? 川:多分、これ(ラフマニノフ~)に近い方向に行きつつ、 もうちょっと抽象的な絵になっていく気がしています。 その過程で『エス』っぽさが入ってきたりとか、そういう気がする。 でもそれだけだとただの私的な抽象画で終わるので、 きっとそのへんに『丑の刻参り』的なラインとか19世紀末のテイストが入ってくるんじゃないかと。 言葉で言うと何も思いつかないんだけど、 でも始めると多分そうとしか言えない絵になってくるんだろうという気がしています。 七:うんうん、いやあ、本当にわかりました。 川口さんの中で壊さなきゃいけない枠があって、それに対して色々な取り組み、 『エス』であれば女体などといった生々しい要素が入ってくる。 どんどん肉の中に入っていって、血を流し、血管を通って神話というものに至ろうとするのかもしれません。 ……今って何か描かれてますか? 川:描いてない。今これやってるし(笑)。 七:ですよね(笑)。いや、もしかしたらお家で何かやってるのかなと思って(笑)。 川:いやいや、無理無理(笑)。最新作はね、ここで販売しているんですけど(とTシャツを指す)。 個展やりながら唯一描いた絵はこれです。二週間ぐらい前に描いたものなので。 あれも19世紀美術だ俺は、と思って描いていて、ビアズリーっぽさが。 七:これもアートワーク時代の流れはすごくあるんだけれども、 ファッションとして見た時に上からシャツを着ても隠れないんですね。 コンセプチュアルでお洒落だし、ファッション的にも考えられているんだなと思いますね。 川:あと意外と『ヴィーナス』のマークに近くなっちゃったって思う。自分の中でね。 七:ああ!表題の文字に似てるんですね。 川:なんだかんだマシリトのフライヤーやった時の絵にも似ていて、 (アートワークを)飾ってみて“これいいじゃん”と思って。 ローブを着たキャラを描こうと思って。 ……すごい仕組まれた宣伝のようにやってるんですけど、全然そうじゃないんで(笑)。 商売っ気なんて何もないんで(笑)。 七:(笑)でもデザインが考えられていて、幅が特に邪魔にならないというのがいいですね。 今たりあさんが着ていらっしゃるような感じになりますけれども。 占術師 たりあさん:これはメンズのSサイズです。 ちなみに、首につけているネックレスはみかみ先生の作品です(笑)。 七:ここでもコラボレーションが(笑)。 川:だんだん通販番組のようになってきたので(笑)、そろそろ締めに入りましょうか。 会場:(笑) 七:やはりこういう実用的なアプローチもあるし、 だけど本質的には川口さんがこれからやられることというのは、 言葉にしちゃうと陳腐なんですけれども、それぞれが持っている妄想を現実化していくってことなんですよね。 そのために必要な外に飛び出したい、もっと自分も遊びたいという、 遊びに行く前のワクワク感、デートの日の朝みたいな、そんな気持ちを表現して下さる方だし、 これからも色んな形で作られていくと思うので、皆さん是非、ご自分のスタイルで結構なので、 これからの川口さんの活動に注目していただければと思います。というところでどうでしょう? 川:素晴らしいです(笑)。通販番組の方には行きたくなかったのでね(笑)。 七:というわけで、第二回ギャラリートークを終えたいと思います。 ありがとうございました! 川:ありがとうございました。      

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第3回個展 終了いたしました

  第3回個展 『蒼き鳥 ∞ 色彩の羽音』 おかげさまで無事終了いたしました。 たくさんのご来場やお力添えをありがとうございました。拝 (記事の写真はkogさん ライブ写真はAzumixくん thx)   去年、2013年は個展をできず、今年もできないつもりでいました。 それが、A STORYさんの「タロット再販を記念でエキシビションを」とのご提案と、以前からご提案いただいていたHILL VALLEY STUDIOさんの全面的な協力で突然に実現しました。 これまでの自主企画で貸画廊での個展と違い、招待された個展ということで、気合を新たに臨みました。わずか約一月の準備期間、会期は過去二回の個展が5~6日だったのに対して、今回はほぼ一ヶ月。気力体力を使い果たしました。笑 その結果、終了のご報告がすっかり遅くなってしまいました。 ◇ 毎日新しい出会いがあり、しかも作品を通じての、理想的な出会い。 お一人お一人に会い、お話をするたびに、こちらの方が力を頂くような大変な幸福感に包まれた日々でした。   ◇ 作品について、自分の制作について、話せば話すほどに、初めて言葉としてパッケージされていく概念があり、制作について自分でも多くの発見があります。 ◇ 詳しい経過は >>こちら で中間報告をしているのですが 会期中には、 二回のギャラリートークと 二回のアンビエントライブ 前回同様、青い鳥タロット監修のみかみまきさんによる占いも展示に並行して行いました。 ギャラリートークは、文藝サークル『天秤と鏡』七梨乃 那由多氏により、僕の作品や創作あり方について、二回にわたり語っていただきました。 アーカイブしてあります。 >>> ギャラリートーク 第一回 8/24 >>> ギャラリートーク 第二回 8/30   アンビエントライブは、僕の作品にかかわりの深いところ、NIGIMITAMAやマシリトなどを中心にして、印藤勢 ・ あんびるはるか ・ どれなべ(juki) ・ 渡部遊(sound of nothing)の四人で行いました。 アンビエント・朗読・歌・ノイズと言った要素が複合しつつ、“ライブ”でハイクオリティに表現される様は、とてもディープに心地よい、 新しくて不思議な音楽体験です。 こちら、二回のライブをそれぞれ、録音音源を元にしつつCDRとしての音源作品にまとめました。 詳細は>>>こちら 『絵と、音楽と、言葉で、大きな世界を表現しよう、 さらに、完全に現実と線を引いたおとぎの世界ではなくて、現実の生に参照可能な創作を』 という試みを、さらに一歩拡大して形に出来たのではないか、という手ごたえを得ることが出来ました。 特に、二枚目のアンビエントアルバム“The UNIVERSE”には 個展のタイトル「蒼き鳥 ∞ 色彩の羽音」を冠した曲を収録してあります。 “残響”をテーマとして、個展終了後に書き下ろした曲(印藤作)に僕が自ら新作詩を書き、朗読を載せました。 あんびるはるか・どれなべの新曲と合わせ、この個展の余韻をともにじっくりと噛み締められるような作品です。 ぜひ聴いていただきたいです。>>>こちら ◇ さて、2011年に初個展を行い、個人創作家としての名乗りを上げて、これでまる三年になります。 今回の展示の内容としても、タイミングとしても、「最初の三年」という区切りをつける、最高のタイミングでした。 ここまで登ってきた道のりを、少し振り返って俯瞰するような、踊り場のようなところ。 そこから見える景色をご来場いただいたみなさんと共有できました。 これら全てを礎として、 もっともっと自分の表現したい“ 本質 ”に邁進していきたいと思います。 ◇ 今回の個展の実現に関わっていただいたすべてのみなさま、 ご来場いただいたみなさま、 遠方から見守ってくださったみなさまに 心よりお礼を申し上げます。 どれが欠けても成り立たなかったことです。 日々を、地面を潜るように潜伏して過ごしている作家という身にとって、 今回の晴れ舞台は身に余る光栄も多く、とても幸せでした。 ありがとうございました。 生きていれば、必ずまたやります。 よろしくお願いいたします。 HESOMOGE 川口忠彦 拝

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