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『セブン』と『ヴィーナス&ブレイブス』

 

2003年2月13日 ヴィーナス&ブレイブス が発売されました。
私の人生でたった一つの、大切なゲーム監督作品です。

記念に絵と詩を、描きました。

 

Beyond Venus

“金星を超え 遥かアルタイルへ
色彩は優しくこだまする

紅の丘
死者の列

エデンと冥府の出逢う場所

歴史となった勇者達は交歓し
犠牲者は祝福を得る

一陣の風が 再び命を灯す”

 

今回は、様々な方のご厚意により、
Twitterでは大変多く(当社比)拡散され、反応いただきました。

ということで今日は、
『セブン~モールモースの騎兵隊~』と『ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~』について、
少し掘り下げて書いていきたいと思います。

少々長くなりますが、興味のある方は、どうぞご一緒ください。

 

 

『自分の世界観でRPGを一本作りたい』

就職の面接で、そう言った。

入社した株式会社ナムコ(現バンダイナムコ)で、早々にリッジレーサーと初代PSを見せられた。
小学生の頃からドット絵を描いていた自分は、FF5 とか女神転生みたいなドット絵を描きたかったから、
「いよいよ家庭でもポリゴンかぁ」と、少し不安になった。

しばらくは若手らしく求められた仕事をこなし、20代半ばを過ぎてからは、オリジナル企画に積極的に絡むようになった。

レースゲームやスポーツ、フライトなどのいわゆる『シリーズ物』の仕事を断り続け、年々査定を下げながら、オリジナル企画に注力した。
『これ』と思った先輩のゲームデザイナーが立てる企画に、ビジュアルとして参加…しては、ポシャることの連続。

後で思えば、ここでポシャった企画をいくつも体験してきたことが大きな財産になった。

オリジナルゲームはさまざまな理由で頓挫する。

なぜ、新しい製品が生まれにくくなっているのか、さまざまな角度から体感できた。

セブンのときにも何度か訪れた『新規企画の危機』を(力づくにでも)乗り越えることができたのは、ここまでの経験の賜物だと思われる。

20代の終わりにやっとたどり着いたのがセブンの原型の試作品だった。
これまでの経験を活かす形で、ヴィジュアルチームのリーダーとして関わることになった。

 

※注釈

このテキストは『セブン~モールモースの騎兵隊~』『ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~』と、そこでの私の仕事について多く述べているが、文中、

『セブン~モールモースの騎兵隊~』を以下『セブン』、
『ヴィーナス&ブレイブス~魔女と女神と滅びの予言~』を以下『V&B』あるいは『ヴィーナス』と略す。

また、V&Bについては、私が監督したのは原作であるPS2版のみで、PSPのリメイク版についてはほぼノータッチである。

セブンも、V&Bも、
「作品として、また私の仕事として至らぬ点は多々ある」
「一人で作ったのではなく優秀な仲間たちと力を合わせて作った」
のは間違いのないことであり、前提である。

以下毎回但し書きを入れると煩雑になるので省略するが、
前提にそういった認識があることを踏まえての考えなのだということ、補完願いたい。

また、意図的に他のスタッフ個人のことには言及しない。
私個人の視点から見た、私のテキストであることと、
各個人が現在どのような立場で、名前が出ることに対しどのようなスタンスで日々を暮らしているのか、確認しきれないためである。

 

 

『東欧やロシアの絵本やアニメのアート感覚をゲームのヴィジュアルに』-セブン-

製品化が期待できるオリジナルタイトル、しかもファンタジーRPGのアートディレクター。ようやく掴んだ舞台。
せっかくの機会だ。これまでのプレイヤーとしての想い出、開発者としての数々の考察や知識を駆使して、メインストリームの潮流に乗るようなヴィジュアル表現とは一線を画すようなことをしたかった。

当時は 「3DCGをみんな頑張っていこう!PS2になってポリゴン数増えたし!」 という時期。

黎明期のPCゲームなどから多くの衝撃を得ていた私にしてみれば、
ゲームのヴィジュアルが 「イメージ」「雰囲気」「情感」みたいなものからどんどん遠いところに行ってることに“怒りに近い物足りなさ”を感じてもいた。
まだまだゲームヴィジュアルの選択肢は無限にあるはずだろうと。

3DCGの対極を行く、雰囲気・情感が満載の表現にしたい。
その上で、「タッチが違う」とか「設定が違う」というレベルではない、アートレベルでの違い。
放つオーラが違う」、「空気が違う」、「匂いが違う」、そういう装いをRPGのヴィジュアルに持ち込んでみたかった。

様々な思案の末、東欧やロシアのアートアニメや絵本などのアート性・薄暗さとアート感覚に和製RPG的な剣と魔法の世界を掛け合わせてみる。
セブンの世界の誕生である。(至極簡略化すると)

そのイメージの草案を持ち込んだのが私だったことから、セブンでは演出全般のディレクションを任せてもらった。

ストーリー、ゲームデザインを除き、
音楽のディレクション含む総合演出、ビジュアル全体に渡るアートディレクション、個人作業としての背景美術制作。編成画面などインターフェースの草案や、職種の紋章、使用フォントの選定など、ビジュアル面ではかなり細かいところまでこだわった。

ことごとくがその時の主流とは違うチョイス。

・映像よりもナレーションを主体とする絵画的2Dムービー
・絵本系の朗読といえばこの人、という癒し系の声優や女優とはまったく違う畑の、ピチカート・ファイヴ野宮真貴氏の起用
・全体に薄暗さのあるヴィジュアル(例えば青空が最後にしかない)
・空間よりも平面に帰結する絵画的背景表現 ・現代音楽的なアヴァンギャルドなムービーBGMなどなど

これらは、当初プロジェクト内からも不安視されたが、
それこそが、挑戦の証であり、必要なことであった。

それらと、ナムコ的なクオリティの高さや、エンターテイメントらしいおもてなしの心をバランスさせて、ユニークな総体を作る。

そうして、その当時の主流になっている表現や潮流に真っ向から反対し
プレイヤーの皆さんや、同じ作り手達の心を撃ち抜くようなものを、
強い反骨精神と挑戦心で臨んでいたのが、セブンという作品のヴィジュアルと演出であった。

それをナムコというメジャーブランドがやることに、業界的な意義があると信じてもいた。

自分個人としては、実力不足が故にやり残したことはとても多く、思い出すと落胆する部分もあるけれど、
素晴らしいヴィジュアル、ムービー、サウンド、そしてプログラムのスタッフたちに恵まれて、面白いビジュアル、演出になったと自負する。

 

転機-セブン発売からV&Bまで-

そんな反骨精神たっぷりで挑んだセブン。

だが強い意気込みとは裏腹に、製品の売れ行きは今ひとつであった。

時代はSNS以前。
プレイヤーの皆さんの感想は、アンケート葉書、ゲームレビューサイト、ゲーム系掲示板、個人サイトなどに限られる。

そこでは概ね好評であるが、
多く見られたのは、
システムも良く面白い。雰囲気もよい。しかし両者が噛み合っていない
というものだった。

それは至極的を得た意見だった。開発体制そのものであったからだ。

そして、もう一つ。

もともとの狙いとして、
『好きな人は猛烈に好きだが、嫌いな人も、興味ない人も多い
という支持のされ方をイメージしていて、ある程度は実現できたのだが、
それにしては『好きな人は猛烈に好き』の熱量が、イメージよりは沸騰しきれていないように見えた。

私自身が、発売後、気持ちを落ち着けて自宅でプレイした時に感じた、
なんと上品で心地よく、そして淡々としているのだろう」という感触と合致するものだった。

あんなにも挑戦的な姿勢で、爆発的にエネルギーを注ぎ込んだのに、
こんなにも上品で淡々としたものになってしまったか。

かなり強い反骨精神を持って、当時のゲームのメジャーシーンに挑んでいたつもりが、とても上品でやさしいパンチを繰り出してしまった。

決して失敗ではない。「絵本」や「アートアニメ」としてはそれでいいのだ。

だがしかし。

絵本に7800円払うのか。
7~8000円なりの期待と満足とはなにか。

そんな自問自答が始まった。

セブンというひとつのゲーム作品を通じて感じてほしかったのは、
壮絶なエネルギーであり、
雰囲気とか、おしゃれとか、そういうレベルのことではなかった。痛快な衝撃を与えたかった。

だが、そういった手応えは、乏しかった。

もっともっと、心に深く突き刺さるゲームであるためには。
一生忘れないような作品であるためには。
思春期~青年期の美意識に方向転換を促すようなもの、
良い方向に人生を変えるきっかけにさえなるような、良い作品とは。

『嫌いな人、興味ない人は多くとも、好きな人は本当に、めちゃくちゃ好き、死ぬほど好き、狂おしいほど好き

そんな風になってもらえるようなゲームとは。

 

『ゲームよ、“劇的な体験”であれ』 -ヴィーナス&ブレイブス-

少なくともRPGは新しい体験新鮮な体験でなければいけない。
絵や演出がすごいだけでは、体験にはならない
すべてが伴ってはじめて体験になる。
そして、7~8千円というお金と、数十時間という貴重な時間を使って得るものは、
“劇的な体験”でなければならないと結論した。

雰囲気がいい、で片付けられているようではインタラクティブなエンターテインメントメディアであるゲームとしては、敗北である。

ああいうヴィジュアルや演出をしたことは、凄まじいエネルギーであったのに、その凄まじさが、もう一歩、プレイヤーたちの心の奥に到達しきれなかった。

それは、あくまでも“ヴィジュアルや演出”という一領域のことだったから。

体験として、凄まじい、劇的な体験をしてもらいたい。

喜怒哀楽を揺さぶりまくる
その為には、絵に関してはもっと扱いやすいものでいい
声優も入れたりして、いわゆるJ-RPGに少々近づこうとも構わない
事実、「ゲーム開発の真の猛者」たちは、メジャーなメーカーではなく、アンダーグラウンドな角度から、低予算で、ギャルノベルの姿を取りながら、しかし“ゲームでしか表現できないような、とんでもない体験”を生み出し始めているではないか。

全てにおいて意地を張ってハイセンスな『部分』を作るよりも、
『全体』が猛烈なエネルギーを持つように、『部分』達にも協力してもらおう。

キャラクターも、背景も、喜怒哀楽を激しく揺さぶる、凄まじい体験を作るのに、動きやすい方がいい。
悲劇や死がしっくり来るように、人形ではなく、生身の人間のように。そのために等身を変えよう。

音楽も、オリジナリティの高い不思議な世界のものではなく、王道なオーケストラファンタジーにしよう。
ロケーションごとではなく、心情・感情ごとに寄り添った楽曲を用意してもらおう。

部分部分は、セブンに比べるとかなり、トガリが少なく、悪く言えば“凡庸”なものに近づいていく。
そのかわり、それらの感覚要素が一体となって絡みあう、
昨今のゲームにはないような「匂い立つようなファンタジー」を作ろう。
その世界の上で、ゲーム性と連携したストーリーとで“劇的な体験”を生み出そう。
そこまでいけば、部分としてやや凡庸であっても、全体としてはセブン以上に非凡なものになるはずだ。

全体は完成するまで見えない。
それまではどうしてもやはり部分の変化が目立つから、
「あんなにハイセンスで野宮真貴さんまで起用したあんたが何やってんだ」、と失望もされた。
自分でも「大丈夫か」と、少しは思った。

しかし、結論ははっきりしていた。
全体が、「ある一点に向かって」統一されていなければならない。
ひとつひとつのパーツは、全体で一つの方向に向かっていかなくてはならない

セブンで、あれだけアーティスティックに際立った姿を生み出した、
根本のアグレッシヴさを削ることなく、むしろさらに凶暴化して
矛先だけをもっと高いところに、焦点を絞って、そこに向かって叩きつけようと決めた。

なにしろ、原型は「あの『セブン』」なのだ。
そして、(自分を含めて)それを支えたクリエーターたちなのだ。

少々上っ面を変えたところで、この強いエネルギーは、必ず伝わるはずだと思った。

全ては「劇的な体験」のため。

 

そうして

絵本から劇場版へ

というスローガンを掲げ、開発を始めていくことになる。

 

ゲームシステムを「劇的に物語化して見せる」その“ための”ストーリーであり、それを成り立たせる“ための”キャラクターであり、ヴィジュアル音楽であるという序列。
けれど、ゲームシステムを頂点とするのではなく、全てが連携して、さらにもう一段抽象度を上げたところに、全てが向かう
それら全てのパーツが、まだ見えない「ある一点」に向かって集約されるという構造
つまり、全てが織りなす“劇的な体験”という、もはや言葉や資料などではにわかに共有できない抽象的なイメージ。

これを実現するには、誰かがその全てを統括しなければいけない。
今のこの環境なら、もはやここまで考えを詰めてきた自分がやるしかない。
有り難いことに周りのスタッフたちも歓迎してくれた。

そこからはそれはもう、セブンと同じく全体演出やビジュアルの細部(章題やオリジナルのデザインフォントなどいろいろ)に手を動かしながら、ストーリーの原案から脚本構成、ゲーム構成、音楽のディレクションや声優収録のディレクション、一部のゲームデザイン、一部シナリオシーン、予言の文言、実装スクリプトの細部調整、BGMの割り振り、コンマ秒単位のリクエスト調整、果ては製品のロゴデザインまで、自分でも驚くほどの仕事量で、どうにか新しい体験、劇的な体験を作り上げることができた。

率直に言えば、ヴィジュアルや演出面に関しては、単体で言えばセブンのほうが、アートとしてのレベルは高いと言える。
しかし、その様に高い熱量を、「優れたアート表現」ではなく、「劇的な体験」に発展させた結果、ヴィジュアルや演出の方向性が必然的に変わることになったのだ。

そして、V&Bは、商品的にもしっかり利益を出し、
『好きな人は本当に、めちゃくちゃ好き』な一作になることができたと自負している。

 

生涯創作家であり続けるためにゲームクリエイターを終えた

そのように、「ゲームというものに何が必要なのか?」「どうすれば新しいものが生み出せるのか?
日々研究しながら形にすることは最高に楽しかった。

もしかしたら自分はなりたかった画家やアーティストの方ではなく、このままゲーム業界で監督業を続けていくのかな、実は向いているのかな、という未来像を抱いたことも実はあった。

しかし、発売後に、いくつかの事件や変化が起こった。

(1)自分にとって創作物は、「自分の“代わりに”社会と関わるため」のものだった

言うまでもなくゲーム制作は集団作業である。その事自体に直接的に不満を抱いたことはなかった。だが、もう少し自分の創作意欲の源泉のあたりに矛盾があった。それに気づいてしまった。

人と関わるために作品を作るはずなのに、作品を作るためにまず人としっかり関わらないといけない。これが大きなジレンマで、自分にとってかなり心的負荷のかかる作業であると気づいてしまった。
感受性の感度を下げてしまえばできる、けれど、それをするとクリエイトに支障が出る。
どうもおかしいな、やればやるほど孤独になっていくぞ、孤独感が増していくぞ、恐ろしいぞ。どうやら一人で作りたいようだ、と。

(2)この目を疑うような、酷い目にもあった

一方的な言い方になってしまうのは良くないので、詳しくは書かないが、かなり強い人間不信を埋め込まれるような体験。

(3)『自分の世界観でRPGを一本作りたい』という目標を達成してしまった

(4)作品としては良いものができた。利益も出た。しかし、「大ヒット」には至らなかった

あれだけ自由に、自分を信じてもらった結果が出て、
「もう一度バッターボックスに立つ」のは、どうなんだろう。
と考えてしまった。クソマジメな私。
処世術、という意味ではそんなものお構いなしに、続けるという手もあったかもしれない。
いや、まずはその様に考えるべきだったのだろう。

そういう強さ、人の世を生きていく上での社会的知性が足りなかった。

(5)ゲーム会社は「会社」である以上、少しずつ立場を変えていく必要に迫られたりもする

 

V&Bを作るために日々ゲームのことだけ考えて研究していたことは、やりがいがあった。学生時代に絵を描いていたときと同じような幸福感があった。

一心不乱に創作だけをすること、
まだ姿かたちが全く見えないものをイメージして、作っていくということが好きだ。
そして、それを自分に適した形でやるためには、正直なところ、一人でやる方がいい。

そのあたりを全て勘案した結果、
至らぬ点は多々あれど、やりきったのではないか」と。
ゲーム演出家および監督としては、これで完結ということでよいだろうと。

自分の創作を極めるという道の中で、自然な流れとして、これにてゲームクリエイターであることを完結させた。

「またゲーム作ってください」と言われたりすることもあるけど、
一人で作れるものでもないし、自分としても、述べたように「やりきった」ことなので特別作りたいとは思わない。

もし私が作りたいと思ったとしても、
15年以上前にゲーム開発を終えた人間に、いまさらお金や人を出すところはないだろう。だから、後にも先にもこれだけ。
ヴィーナス&ブレイブスが、初監督作にして、最後のゲーム監督作品になるだろう。

しかし、いまやゲームをつくる人はたくさんいるし、 私は自分にしかできないことを、やりたいなと思う。

当時もそうであったように。

 

『完結した作品』そして『今だ生き続ける世界』-イメージの水脈-

ここから、現在の話になるので、語調を変えます。

ゲーム開発を終え、個人活動を始めてから今までの話はここでは割愛しますが、
一年前、15周年記念でV&Bの絵を描くまで、もしくは、VENUS & ECHOESという演奏会のロゴやキーヴィジュアルを描くまでは、私はほとんどセブンやV&Bの絵を描くことはありませんでした。

ゲームの2作品に関しては、著作権を持っていないし、プロジェクトで作り上げたものであって、個人プレーのものではない、さらに思い出したくもない思い出もあったりして、それならいっそ「絵」という意味では封印してしまおう、ぐらいの思いがあったと思います。

ところが、この数年、一人で絵を描き、「今の」自分にとっての理想世界を追求していると…出てくるんです。
セブンやV&Bを作っていた当時に、「こんな世界をこのゲームに当てはめてみたらどうだろう」とイメージしていた、心の奥底にある、自分の原風景のようなイメージの光景が。

自分が少年期から思春期や青年期を経て、さまざまな作品や現実に触れて、少しずつ蓄積してきた、もともと好きだったものたちが。

言ってみれば
イメージの水脈』です。

この「水脈」。
自分の中でとても大切な領域で、どうやら無くてはならないものだったようです。

述べたように、いろいろな思いや事情があったから、
「セブン的なもの」「V&B的なもの」それらに近い世界観やデザインセンスなど、ひっくるめて全て封印しようとしていたかもしれません。

故に、「この水脈からはこれを作ったからおしまい」と思っていた節もある。

しかし、よく考えてみたらそういうことではない。
あの二作品は、その大きな水脈から生まれた美味しい果実であると同時に、多様に実る果実のうちの“一つ”とも言えるのです。
例えば、不老不死をテーマとして、火の鳥や人魚の森のように、有限の生との対比、長い時間軸を与えることで得られる俯瞰的意識。精霊郷のイメージなど、そういったものは、これの企画よりも前から、思春期・青年期に触れてきた先人達の偉大な作品などから少しずつ温めて醸成してきたヴィジョン。

そのように、もともと自分の内側で育んできたものを持ち込んで結実させたのであって、
その水脈全てや、セブンやV&Bで発揮したセンスを、全てひっくるめて無しにすることはないではないか、と。

実際にV&Bやセブンに通じる絵を描いて、当時思い描いたイメージにダイブしてみて、ああ楽しい世界だなあ、やっぱり好きだなあと感じます。

その上で、 あの時に自分の中で芽吹いたイメージ、水脈から受け取った光景たちは、もっともっと広がりがあるもので、今の自分の表現とも連関するものが、やっぱりあるものだなあと。
今の力があれば絵に表せるものもあるなあと。

自分自身、ずっとアップデートしているから、変わった部分もある
しかし、ずっと大切なままのこともある
改めてセブンやV&Bに関連して絵を描いたことで、それを再認識しました。

けれど、過去を掘り起こして、ただリバイバルするのは趣味じゃない。
新しい世界を描き出していたい。

なぜなら、至らぬ点は多々あれど、
セブンも、V&Bも、『ひとつの完成した、足し引きのいらない作品』だからです。
全てが一体となって完結したあの姿を尊重したい

今現在の自分の世界観死生観美意識思想でもって、再度あの時の『水脈』にアプローチする。

そんなバランスで、
今の自分の感覚で、あの時の水脈、イメージの源泉を、描いたのが、
12月に描いた”Revisited the Seven Days“と、今回の“Beyond Venus”という絵です。

“Revisited the Seven Days”

Revisited the Seven Days”では、一度武器を持った戦いそうな人物を描いてみようとしたけど、しっくり来ませんでした。
「ゲーム用に描いていない」ということ、歳を経て世界観が変容したこともあるとは思うのですが、それ以上に ゲーム開発者だった当時と、個人のアーティストとして活動する今と、 「ほんとうにしっくり来たものを表す」 というところで、つくるスタンスに違いも出てきているのだなあと感じます。

 

 

 

“Beyond Venus”

今回の”Beyond Venus”では、実は、「ファンサービス的にミレイとブラッドをイメージした二人を配置してはどうか」とも思ったのですが、ちょっと描いてみて強烈な違和感がありました。それは、完成した作品を自ら汚すようなものに思えたから。

”Beyond Venus”というタイトル。
“The”のつかない”VENUS”は金星のことだから、直訳は「金星を超えて」となります。
けれど私の気持ちとして「ヴィーナスを越えて、ヴィーナスの向こう側」というダブルミーニングです。

 

 

あれらの完結した作品を“元に”、延長したりアレンジするのではなく、
あの時一度触れた水脈、それ自体に今再びアクセスして、今の感覚、今の技術、そして今の時代というフレームの上で、改めて形にする。

あの水脈への再アプローチです。

セブンやV&Bという作品は完成・完結しています。
一方で、それらの大元になった水脈、広大な世界は今だ生き続けています。

それらの光景を、
自分は描ききれたのかと言うと全然そんなことはありません。
また別の現れ方、今の自分にとって、もっとしっくり来る形での現れ方があります。

 

それを、言葉としての思いだけではなく、
具体的に絵として表すことができ始めていることを、
今正直に、とても嬉しく思っています。

 

もちろん、この水脈以外にも、好きな水脈があるので、さまざまな絵を描き、表現していくと思います。

しかし、この水脈がいまも自分の中で生き続けていて、
大切に輝くものであるとわかったので、これからも少しずつ、絵や言葉や音楽などで、形にしていきたいと思っています。

 

おわりに

そんな様々な意味で、
『セブン』と『ヴィーナス&ブレイブス』という作品は、私にとって大切な大切な作品であります。

それぞれ、好きでいてくれた人、今も一番好きだという人、本当に有難う。

そして、それらを起点に、私の個人創作を追ってくれて、リアルタイムで応援してくれる方々に、心から感謝いたします。

twitterでは断片的に呟いていたけれど、こうして一連のテキストとしてまとめたのは初めてです。
セブンとV&Bをはじめ、私の活動は一見振れ幅が大きいので、戸惑わせてしまうことも多いと思うのですが、この様にベースは一貫していて、連続した思考の中で現れてくるものだということが少しでも伝われば幸いです。

 

では、長くなりましたが、このへんで。

最後までお付き合いいただきありがとう。

 

またさ、飲む機会でもあったらいろいろ話すよ。

 

川口 忠彦

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