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比叡山延暦寺参り

年明け早々、比叡山は延暦寺に詣でた。
毎年恒例にしていて、もう五年目になる。

とりたてて信心深いというわけでもなし、
なにか特別なことがあるわけでもないのだが、
この時ばかりは、山の中の「延暦寺会館」という、
宿坊という名の立派な旅館に泊まりに行くのだ。

 

 

道すがらに、麓の日吉大社(日本各地にある、日吉神社、日枝神社の総本宮なのだそうだ)で、本厄の厄払いをし、
山についたら、お堂でお参りをし、精進料理を食べ、般若心経を写経する。

 

 

 

翌朝は早めに起きて、山の雪でしっかり冷えたお堂(のホットカーペットの上)で、お勤めに参列する。

 

 

お勤めの間、昨年の一月からの出来事を振り返ってみる。十二月が終わったあたりでちょうど、般若心経に変わるので、うろ覚えながらに口ずさむ。般若心経になると呟き始める人も多い。まるで、ライブで一番の代表曲が始まったときのようだ、といつも思う。

 

 

たったこれだけのことなんだけれども、一年のことを振り返り、心機一転させるのにとてもよいのだ。

寺社巡りを趣味にしたのは30代の半ばぐらいだろうか。

ひとつは、「自分の行動習慣を見直す」という一環で、
時間がかかるRPGに興ずるのをやめて、こういう旅行に振り替えるという試み。

もうひとつは、仕事のことや、母親がある日突然クモ膜下出血で再起不能になったことなど、
「誰を責め苛むこともできない」「どうにもならない」ことを立て続けに経験したことは
大きなきっかけだった。

疑心暗鬼になっていく日々の中。

 

不用意にも神を信じるか。

不用心にも他人を信じるか。

傲慢にも自分を信じるか。

悲しいことに何者も信じないか。

 

こうしてみると、どれも似たり寄ったりでおぼつかないものだ。

そう考えると、思考の技術として「神を仮定する」ことはそう悪くない選択だと思ったのだ。

まあ、前述のとおり、とりたてて信心深いというわけでもないのだが、
年に一度のこの時期にだけは、ちょっとだけ、そんな気分に浸かりに行くのである。

2012年。

自分にできる範囲で、ほんの片隅でも照らすことができればと思う。

 

川口忠彦
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